三、『錬金術師』・2

    2


「痛ぁ……」

 ハッチから這い出すと、しばらくぶりの外気に迎えられた。練兵場の埃っぽい空気がこんなに爽やかに思えたことはなかった。

 鈍重な形状が功を奏したのか、転がった機体は奇跡的に台座を下にして停止していた。ふらふらと機体から離れたところでリーズリースはへたりこんだ。

 気持ち悪い……。妖精たちの無茶苦茶な機動のせいですっかり酔っていた。

 続いて降機したウィルが顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか、リーズリース……? 顔色がよろしくないようですが……?」

「それはこちらの台詞です……」

 リーズリースは同じく顔色の悪いウィルに返した。彼の場合は酔いの上に魔力の消耗も効いているようだ。

 リーズリースは酔いを我慢してファイルを開き、構成案のページに雑感を書き加えた。

『構成案、五。これまでの動力源〈ケット・シー〉、〈クー・シー〉に加え、腕部ネイオスに召喚した〈ブラウニー〉、〈レプラコーン〉に動力を補助させる。

 結果。相変わらずの出力不足。機体の歩行は行えるようになったが、それでも戦闘機動にはほど遠い。また、動力源は増えたために制御が追いつかず、安定性は減じている。再考の必要あり』

 訓練開始から四日目。ここまでの成果は希望と絶望が入り交じったものだった。

 まずは希望。

 ウィルの召喚術は決して劣ってはいないということだった。

 純化召喚は扱えるし、使役術なら自分よりずっと上手い。持久力もまずまず。召喚機に乗る機会がなかっただけで能力自体は備えているのだ。

 そして、絶望。

 演習場を振り返ると、なめくじが這ったあとのように、ウィルの機体が通過した痕跡が続いていた。午前中いっぱいを費やした演習場の散歩。それがウィルの三日間の成果だった。

 とにかく眷属たちの出力が足りない。純化召喚によって力を引き出せるとはいえ、妖精のような小さな眷属では限界がある。だからこそ、聖都では召喚機に乗る機会が与えられなかったのだ。

 演習は三日後。それまでに、この歩けるだけの機体を戦闘が出来るところまで持っていかなくてはならない。

 ……そんなのとても無理だ。まったく時間が足りない。

「ウィル」

「はい」

「今日からは夜間訓練を行いましょう。オクタ・ドールは整備がありますが、キャリアを使わせてもらえるよう主任に頼んでみます」

「え!」

 ウィルが眉根を寄せたのを見て、リーズリースはたずねた。

「……何です?」

「それが、その……夕方から大聖堂でのお祈りがありまして、司教様からそのお手伝いを頼まれているんです……」

「……また雑用を押しつけられたのですか?」

「押しつけられたなんてとんでもない! ただ、司教様がお忙しそうだったのでつい……」

 リーズリースも眉根を寄せた。

「どうして一日ごとに余計な仕事を増やすんです。あなたはお手伝いさんではなくて正召喚士サマナー・クラスなんですよ。予定表の空白は休息のためであって、双子たちの洗濯や食堂の給仕をするためではありません」

「申し訳ありません。でも、何かしていないと落ち着かなくて……」

 もじもじと手を組み合わせるウィル。リーズリースは嘆息した。

「では、それが終わるまで待ちますから、それから……」

「そのあとは整備班のお手伝いで格納庫の清掃作業を……」

「……それはどれくらい時間がかかるんですか?」

「一時間もあれば片付くと思います」

「……ちなみにその後にも予定があるんですか?」

「さすがリーズリース、ご明察です! 実は妖精たちの歌と踊りに夜通し付き合う約束が!」

「やる気があるんですか!」

 リーズリースが大声を上げると、それに応えるように足元がざわついた。見ると、ウィルの足元にいつの間にか彼の妖精たちが現れ、ばしばし地面を叩きながらこちらに抗議していた。

 睨み合うリーズリースと妖精たち。ウィルは妖精たちをなだめながら、リーズリースをなだめにかかった。

「そ、それが、そろそろ妖精たちの機嫌が限界なものですから……! 怒らせると一週間くらいはそれはもうひどい悪戯をされるので……!」

「いいですか! 演習までもう時間がないんです! 当の本人がそんな調子でどうするんです!」

「申し訳ありません!」

 リーズリースは妖精たちを威嚇しながら、再びファイルを構えた。

「訓練の終了時刻までもう少しあります。とにかく、もっと構成案を試してみましょう。今度は〈ピクシー〉の羽を純化して動力に回し、さらなる安定した機動力を確保。〈ブラウニー〉と〈レプラコーン〉も精度よりも出力に回して……」

「あの、一つご提案があるのですが」

「何です? 何か良いアイディアが思いつきましたか?」

「今日はもう、お休みになられてはいかがでしょうか? リーズリースもだいぶお疲れのようですから……」

 リーズリースの双眸が険しくなる。

「……そんなに訓練が嫌なのですか?」

「いえ、そうではなくて!」

 ウィルはぶんぶん、かぶりを振った。

「歩行訓練でしたら僕一人でもできますし、構成の指示さえ頂ければわざわざリーズリースのお手を煩わせることもないかと思いまして……!」

「…………」

 故郷での記憶が蘇る。そういえばこの神童は昔から訓練が嫌いだった。必死にならずとも何でも人並み以上にこなせてしまうのだ。

「私への気遣いなど無用です。あなたは演習のことだけ考えて……」

『イヤッハアアアアア!』

 リーズリースの声を、上空の爆音がかき消した。

 聞き慣れた奇声に顔をしかめる。

 北の空を見上げると、鳥のような召喚機が滑空してくるのが見えた。

 アデル・アルハザードの召喚機、《錬金術師・熱風アルケミスト・シロッコ》。

 ハチドリのような機体は砂埃を巻き上げながら練兵場に着陸した。機体は翼を持ち上げると、ヨットのような形状となり、今度は自ら起こした風を受けて格納庫区画へと滑っていく。

『おせーぞ愚妹!』

『うるせーわ! 馬鹿! 一族の恥!』

 遅れて、森の中からアイシャの召喚機が現れた。

錬金術師・瀑布アルケミスト・イグアス》。こちらはなんとも言えない形状をしていた。ひとことで言えば『丸めた滝』だ。ドールを取り囲んだ球形の岩。その周囲を水流が巡り、あちこちから蒸気を噴き出している。

《錬金術師・瀑布》はごろごろと転がりながら、格納庫へと帰っていった。

 双子の機体を見送ると、リーズリースは口元に手を当てて思案に耽り、それからウィルに告げた。

「……わかりました。私は少し離れます。あなたはここで歩行訓練をしていてください。演習場には出ないこと、決して無理はしないように」

「かしこまりました!」

 頷くウィルを残し、リーズリースは双子を追い格納庫区画へと向かった。


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