二、『召喚機』・4

    4


 新型試験機の受け渡しに指定されていたのは倉庫区画の端の端、通称『廃品置場』と呼ばれる建屋だった。

 正式名称『機密指定廃棄物保管所』。

 ここにあるのはかつて召喚機コンキスタドールを構成していたスクラップの山。使い道はもう無く、再利用する当てもない、それでいて召喚機に関わったばかりに機密扱いされ、召喚院の許可なくしては捨てることさえできないガラクタどもが行き着く先。内部はひしゃげた鉄屑と木材と皮革の積み上がった密林と化し、錆と埃とグリスの異臭が漂っていた。

「ああ、やっと来たわね。こっちは準備できてるわよ」

 リーズリースたちが搬出口までやってくると、すでにクリップボードを手にしたエルナン・パディントン整備主任と『新型試験機』が待ち受けていた。

「奥の方にしまってあったから、ここまで持ち出すのに苦労しちゃった」

 そう言ってパディントンは額の汗を拭い、鎮座する召喚機を見上げた。同じようにリーズリースも機体を見上げ、尋ねた。

「何ですか、これ……?」

「よくぞ聞いてくれました。そう! これがアレフロート・リードマン設計・製作の複座式理論実証試験機、通称『オクタ・ドール』よ!」

 パディントンは誇らしげに両手を広げてみせた。

「現存する召喚機では最多となる八基の憑霊器ネイオスを搭載! それらを繋げる導霊系には最高品質の銀オリハルコン合金を使用! 最大出力は理論値で一二〇〇〇魔導単位という、まさにモンスターマシンという言葉にふさわしい常識外れのスペック!」

「…………」

 リーズリースは言葉を失った。

 見たこともないような不格好さ。それが第一印象だった。

 標準型ドールが歪な人形だとすれば、これは太り過ぎたイソギンチャク、あるいは死にかけの観葉植物だ。

 標準型の二倍はある胴体。その頭頂部から腕が四本、お互いに干渉しないよう四方に伸びている。リーズリースの使用している重装試験ドールもけっして洗練された形状ではないが、オクタ・ドールはそれよりさらにずんぐりしている。

 そもそもとても新型には見えない。気の抜けたグリーン色の装甲は、塗装が剥げたのか、元々そういった色なのか判別がつかない。あちこちに浮かんだ錆。関節部のグリスに積もった埃が茶色く変色している。

 大体、聞いていた話と違う。

「複座式?」

「ふふふ、その先は言わなくてもわかるわ。『複座式? 現行の召喚機に二人乗りのものはなかったはずでは?』そう聞きたいんでしょう?」

「そうではなくて……これ本当にウィルが使う新型機なんですか……?」

 リーズリースを無視して、パディントンは人差し指を立てた。

「召喚機を複数人で動かすという考え方は古くからありました。契約できる門に限界がある以上、出力と汎用性とを両立させることは難しい。もし、複数の召喚士で召喚機の構成ができれば純化によってもっと大きな力が引き出せるし、必要な機能も確保できる。

 そこで複座式召喚機の研究が進められ、二系統の導霊系を積んだ実験機も製造されました。……ところが実験はことごとく失敗。二人同時に機体の構成を行うことできなかったんです。その原因は何か? リーズリースさん、わかりますか?」

「……魔力場の干渉じゃないんですか」

「正解です!」

 熱弁を振るうパディントンに、リーズリースは渋々答えた。専門分野のことになると、この人はもう止まらない。こういうときは気が済むまで喋らせたほうが早く済むとリーズリースは経験から学んでいた。

「召喚術とは現世界と異世界とを結ぶこと。召喚の際、召喚士は体の周囲に魔力による『場』を生み出しますが、この魔力場が二つの世界を繋げるための媒体、いわゆる『第三の世界』になるわけです。

 召喚機の場合も基本構造は同じ。機体は肉体、導霊系は霊脈。内部に張り巡らされた導霊系に魔力を流すことで機体全体に魔力場を展開するわけですね」

 そこでパディントンはこちらに掌を見せてきた。

「魔力場は魔力の波によって作られますが、この波長は召喚士によって微妙に異なっています。それは指紋のようなもので、同じ波形を持つ人間は存在しないと言われています。

 これが複座式召喚機の大きな問題となりました。

 いくつもの実験の結果、異なる波長が空間でぶつかり合うとお互いに干渉することがわかったんですね。二人の召喚士が魔力場を展開すると、魔力の強い側の場に弱い側の場が掻き消されてしまう。あるいは、同程度の魔力が相殺しあい、一つの魔力場も発生しない。この『波長の干渉』は初期研究における大きな発見でした。召喚機により魔力場の領域が拡張されたおかげでこれまで気付かれることのなかった現象が知られるに至ったのです」

 そのあたりは召喚機の搭乗訓練の際に教わったことだ。

 訓練生に与えられる無数にある注意事項の一つに『誰かが保持している操縦桿ロッドに触れてはならない』というものがある。万一、操縦桿に触れて干渉が起こり、機体の構成中に魔力場が消失した場合、大事故に繋がりかねないからだ。聞いた当時は、あの狭い操縦席にどうやって二人で乗り込むのか、と思っていたが、実際、雑に扱われがちなキャリアでの事故は結構な頻度で起こっているらしい。

「二つの魔力場をどうやって展開するか? 干渉させないためには十分な距離を取る必要があるんだけど、計算上、それを満たすためには機体全長は標準機の三倍以上、重量も十倍近くになってしまう。そうなるともう二人乗りのメリットはないから、この手の研究はずいぶん昔に行われなくなったの。しかし……」

 パディントンは不敵な笑みを浮かべ、例の機体の装甲にぺたん、と手を置いた。

「……数十年の時を経て、その問題に立ち向かった天才がいました。誰あろう! 我らが偉大なる教授、アレフロート・リードマンその人よ! 教授は導霊系の形状をあえて歪ませることによって魔力場をねじ曲げて展開させることに成功! 歪んだ魔力場をまるでパズルのように組み合わせ、二人分の魔力場を一つのユニットに収めるという『リードマン式導霊系湾曲圧縮理論』が人類史上誰も解決し得なかった難題への突破口を開いたの! そしてその理論を実証するために製造されたのがこの世界初の複座式理論実証試験機『オクタ・ドール』なのよ!」

 パディントンは恍惚とした表情で両手を広げた。そんな彼女に、

「「…………なーにが『世界初の複座式理論実証試験機』なんすか」」

 今まで黙っていた双子が、ぼそりと呟いた。

「で、その実験はどうなったんでしたっけ?」

「忘れちゃったわけじゃないですよね?」

「それがねえ……」

 パディントンは曖昧な笑顔のまま答えを濁した。リーズリースが双子たちの方を見ると、アデルがため息交じりに続けた。

「結局、実験は失敗。いろんな召喚士を乗せてみたけど誰一人……この場合『誰二人』って言うのか? とにかく二人同時構成は成功しなかったんだ」

「そもそも理論自体が机上の空論で、計算上は導霊系の抵抗は無視、二人の魔力量も常に一定にして均衡を保たなきゃなんないっていう現実にやるのは不可能なやつだったの」

「あの変人もそこで諦めときゃいいのに『双子なら魔力も似てるだろう』って、よりにもよってオレとこの愚妹を無理矢理、試験機部隊に編入させたんだよ」

「考えてもみてよ。召喚機の狭い操縦席に一族の恥と一緒に押し込められたのよ。地獄でしょ?」

「うるさいぞ。で、わかりきったことだけど、またしても実験は失敗。得られた成果は理論が間違ってるってことだけ」

「理論だけじゃくて、あの欠陥ドールも。結構な予算注ぎ込んだもんだから何とか一人乗りに転用しようとしたんだけど、そもそも重いわバランス悪いわで使い物にならなくて」

「結局、オクタ・ドールは使い道がなくて保管所行きになったんだ」

「巻き添え食ったあたしらは元の師団にも戻れないまま、試験機部隊に取り残されたってわけ」

 心底嫌そうに双子はオクタ・ドールを見やった。双子にそんな事情があったことをリーズリースは初めて知った。

「こほん。でも、そこで諦めないのがリードマン教授のすごいところなのよ」

 双子の悪口を咳払いで制止し、パディントンは、ぽん、とウィルの肩に両手を置いた。

「なんと今回、広い情報網を活かして八体同時契約の召喚士であるウィル君に目を付けたわけ。二人で無理なら一人で動かしちゃえ!っていうことでオクタ・ドールはネイオス八基搭載の超出力新型召喚機、『性能限界調査試験機』として蘇ったの。まさに逆転の発想よね!」

「「…………」」

 再び、双子の嘆息。

「物置の奥から引っ張り出しといて新型もないでしょうが。どうせまた執行部に小言食らったんじゃないんですか? 好き勝手な研究して使い物にならない試験機ばっかり作ってるから」

「『召喚機研究の奇才』なんて言われてるけど最近はぱっとしないらしいし。予算減らされたくないから昔の機体引っ張り出してきて、名前だけ変えて成果水増しにしようって魂胆でしょ? しかし、よりにもよってあの機体とはねえ……」

 リーズリースは双子たちの言葉を愕然と聞いていた。

 そんな……。そんな理由で……?

 リードマンは自分の保身のためだけにわざわざ他の召喚院から召喚士を編入させたというのか?

「そんなに悪く言わないのよ、双子ちゃん? 使ってる素材は最高級品だし、ほとんど使ってないから新品同様だし。これ以上の機体はなかなかないわよ?」

「「……双子って呼ばないでください」」

「じゃ、ここからは操縦席見ながら説明するから」

 まだ立ち直れないでいるリーズリースの背中を押して、パディントンはオクタ・ドールの側面に回った。

 足元から見上げると、オクタ・ドールの鈍重さがより増したように感じた。

 リーズリースが使用している重装試験ドールが騎士鎧に似た外観なのに対し、こちらは内部構造が装甲に収まらずに露出していて、大きいくせに貧相に見える。前部装甲に上下二つ、背部に上下二つ。肩口からは四本の腕が伸びていて、それぞれ先端に武装用のネイオスが嵌め込まれている。

「このドールは特別な構造だから、搭乗口は脇腹にあるの。前と後ろは導霊系で埋まっちゃってるからっ……よいしょっと!」

 パディントンはドールの左脇腹のレバーを掴むと力一杯引っ張る。軋みながらハッチが開き、操縦席が露わになった。

 埃の舞う操縦席。やや仰向けになった座席が二つ、前後に並んでいた。標準型ドールの操縦席と比べればやや大きめだが、二人で乗るとなると窮屈そうに見える。

「やっぱり狭いかしらねえ……ちょっと失礼」

「ひあっ!」

 突然、腰回りに巻き尺を当てられリーズリースは我に返った。

「何するんですか!」

「うーん、座席は広げるしかないかしら……。でも、パネルは外せないし……」

 パディントンは操縦席に頭を突っ込み、一方的に説明を始めた。

「この機体は前部導霊系・後部導霊系に分かれてるんだけど、バイパスで経路を調整できるようになってるの。以前使ったとき、一人で操縦できるよう二つの導霊系を一つにまとめたままになってるからすぐ使えると思うわ。操縦に使うのはこの前部座席用ロッド。後部座席用ロッドはカバーで封印してあるけど導霊系に繋がったままだから触らないようにしてね。とりあえず使ってみてもらって不具合があるようだったらその都度、教えてちょうだい。……あ、そうそう」

 急にパディントンが声を潜め、リーズリースに耳打ちした。

「何です?」

「幼なじみと一緒に乗るからって操縦席で道徳的によろしくないことしちゃ駄目よ? 神聖な召喚機の中ですからね? デートだったら演習場の近くに人目につかない良い場所があるから今度教えて……」

「しませんよそんなこと! ……て、ちょ、ちょっと待ってください!」

 リーズリースは聞き返した。

「一緒に、乗る……?」

「演習まであなたが同乗して教えてあげるんじゃないの? リードマン教授からはそう聞いてるけど。『せっかく座席が二つあるんだから』って」

「聞いてません!」

「でもほら、訓練予定表に書いてなかった?」

 パディントンはリーズリースの持っていたファイルを開き、スケジュール表を指さした。スケジュールの隅のほうに小さく、だが確かに『訓練責任者リーズリース・ディ・グレンクラス』と書いてあった。

「訓練教官はリードマン教授じゃないんですか!? 大体、私、教官なんてやったことないですし……そ、それに私だって演習に出るんですよ! その準備はどうするんですか!」

「? 出られる訳ないでしょ? 今回の演習、一組三機編成だから双子ちゃんとウィル君で枠が埋まっちゃってるし」

「え……?」

「それに演習までにあなたの機体が直るわけないじゃない。あんなに壊しちゃったの忘れたの?」

「だって! リードマン教授は私も演習に参加してもいいって……!」

 そこでリーズリースの目は、オクタ・ドールの二つ並んだ操縦席に吸い込まれた。

『彼と一緒に出ても構わないけど』

 リーズリースはその言葉の真の意味を悟り、絶句した。

 演習中、ウィルの操るこの機体に『乗っていてもいい』ということだったのか……?

 リーズリースは凶相を浮かべると、本部棟へ向けて歩き出した。

「どこ行くの?」

「リードマン教授に抗議してきます!」

「教授、今日から出張だからいないわよ」

「…………」

 リーズリースは変なよろめき方をしたあと、慣性をつけたままがっくり地面に崩れ落ちた。

 背後から、双子がぼそりぼそり囁き合う声が聞こえてくる。

「これあれだな、完全に押しつけられたな」

「やっぱリードマン、第十師団から怒鳴り込まれたの相当根に持ってたみたいね」

「演習の成績が悪かったら責任取らされるわけだろ?」

「あはは、いよいよクビかもねー」

 リーズリースの全身からどす黒い霧のような魔力が立ち上った。それを見て、パディントンと双子は素っ気なく踵を返した。

「おっとそうだった。オレも演習の準備しないと」

「あたしも。ああ、忙しい忙しい」

「あ、いけない。私も機体整備があるんだった。じゃあ、あとはよろしくね」

 三人が格納庫区画へと去り、一人取り残されるリーズリース。その場に膝をついたままでいたが、やがて黒い魔力を纏いながら立ち上がった。

 ……そういうつもりだったのか。

 負けるとわかっている戦いに私たちを送り込み、責任を取らせるつもりなのか。

 甘言に乗った私が馬鹿なのだ。リードマンがどんな人間か、とっくにわかっていたはずだ。他人を散々利用して捨て石にすることくらい何とも思わない人間。

 だが、私はまだ負けてない。

 リードマンは一つ、思い違いをしている。彼は知らない。利用しようとしている少年は、ただの妖精使いではないことを。

「ウィル、訓練を始めますよ!」

 返事がない。振り返ると、少年の姿はどこにもなかった。

「ウィル?」

「お待たせいたしました!」

 辺りを見回していると、格納庫区画からウィルが走ってくるところだった。

 モップとバケツを抱えながら。

 棒を拾ってきた犬のように顔を上気させるウィルに、リーズリースは酷薄な視線を向けた。

「……聞きますが、今から何をするのかわかっていますよね?」

「あの機体の清掃ですよね? お任せください!」

 ぱっ、と笑顔見せるウィルにリーズリースは言った。

「……違います」

 ウィルはしばらく固まったあと、再び微笑んだ。

「あの機体を清掃したあとにワックスを掛けるんですよね? お任せください!」

「……違う」

「あの機体をムートン手磨きしたあとにワックス二度がけ鏡面仕上げにするんですよね? もちろん室内清掃は標準セットになっております!」

「もちろんじゃない!」

 リーズリースはオクタ・ドールを指さした。

「今からあなたがあの機体に乗って訓練するんです……!」

「え!?」

「今の今まで何を聞いていたんですか!」

「僕が召喚機を操縦するなんて何かの冗談なのかと思い、そのまま愛想笑いを浮かべておりました!」

「笑っている場合ですか!」

 リーズリースの体から立ち上る黒い魔力の中に、黒鎧の騎士の姿がはっきりと現れた。

「今すぐ! 訓練を開始します! いいからそれを置いてきなさい!」

「はい……!」

 こうして訓練初日が始まった。

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