二、『召喚機』・3
3
ウィル・O・レイリー。
グレンクラスの神童。聖都召喚院で佰候召喚師候補となった天才。
「
彼の声とともに、周囲に光の粒子のような魔力が溢れる。そして光は形を成し、彼の眷属を顕在化させた。
「…………」
格納庫のすみっこ。整備士たちの不審そうな視線さえ気にする余裕もなく、リーズリースはウィルの眷属を前に唖然となっていた。
とりあえず、リーズリースは目の前にいた一体目の妖精を指さした。
「これは?」
そこには茶色の髪をした、手の平サイズの妖精がいた。
「〈ブラウニー〉です。たまに悪戯することもありますが、僕のお手伝いをしてくれる妖精です」
どこか今のウィルに似ているその小妖精は自分が紹介されているのがわかるのか、両手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねた。
二体目。〈ブラウニー〉の隣あたりでむっつりと縫い針を磨いている年老いた小妖精。
「こっちは?」
「〈レプラコーン〉です。たまに悪戯することもありますがとっても器用で縫い物などを手伝ってくれる妖精です」
三体目。さらに隣、風船のような恰幅のいい小妖精がその辺に落ちていたネジを抱えている。
「それは〈スプリガン〉です。たまに悪戯しますが、宝物を守ってくれる妖精です」
〈スプリガン〉はネジを取られまいと体を風船のように膨らませこちらを威嚇してくる。
四体目。今度はウィルの頭上、ふわふわと飛んでいる光の球を指した。
「この光ってるのは?」
「〈スプライト〉です。たまに悪戯することもありますが、暗い場所を明るくしてくれます」
五体目。リーズリースの膝に乗っている小さな女の子の妖精。
「これは?」
「〈エコー〉です。たまに悪戯することもありますが話し相手になってくれます」
『ナッテクレマス、ナッテクレマス』
〈エコー〉がきゃっきゃとはしゃぎながらウィルの真似をする。
「……話相手って、ただのやまびこじゃないんですか?」
『デスカ? デスカ?』
リーズリースの真似を始めた〈エコー〉を無視し、ウィルの髪の中に隠れている六体目の妖精を指した。
透き通った羽。何となく姿がぼんやりしている。目の焦点を当てていないとそのまま消えてなくなってしまいそうだ。
「これは?」
「〈ピクシー〉です。たまに悪戯することもありますが、姿を消すのが上手で、僕が皆さんの邪魔にならないよう手伝ってくれる妖精です」
「…………」
リーズリースの表情がどんどん険しくなり、それに伴ってウィルの声もどんどん小さくなっていく。
七体目。リーズリースは日向で丸まっている一見、黒い猫のような妖精を指した。
「……あれは?」
「〈ケット・シー〉です。……基本的にはネコです」
「……悪戯はしないのですか?」
「ご安心ください! もちろんします!」
「もちろんじゃない!」
リーズリースの怒号に驚き、妖精たちはちりぢりに飛び跳ねた。転んだり、壁にぶつかったりして、妖精の大半は光の粒子となって消えてしまった。
「あなたの眷属に悪戯しないのはいないんですか!」
ウィルは八番目の妖精、緑色の毛並みのよぼよぼの大型犬を抱き寄せた。
「〈クー・シー〉は悪戯はしないです……! 夜道で人を襲うことはありますが……この子は最近、歳のせいかそんな元気もないみたいで……!」
「そういうことじゃありません!」
小さい体をさらに小さくするウィルの前で、リーズリースの肩から黒い霧のような魔力が立ち上る。
「どうしてこんな妖精しかいないんです! こんな眷属でどうやって
「大変、申し上げづらいのですが……。僕、正召喚士の試験には合格したことがなくてですね……」
「え……?」
言葉の意味が飲み込めずリーズリースはたずねた。
「あなたは正召喚士のはずでしょう?
佰候召喚師の名前が出た途端、ウィルの顔が曇った。
「話は長くなるのですが……リーズリースは魔力特性評価をご存知ですか?」
「それは知っていますが」
「聖都召喚院の初等訓練を終えたあと、眷属を持っていなかった僕は新しい眷属と契約することになったんです。召喚院所有の祭器をいろいろと試してみたのですが上手くいかなくて……。結局、契約できたのがこの妖精たちだけだったんです」
ウィルは〈ブラウニー〉を持ち上げてみせると、小妖精はぱたぱた手を振った。
「この子たちは眷属の格でいうととても小さい存在ですので、僕の顕在力評価はF、ということで正召喚士試験には不合格になってしまって……」
リーズリースは絶句した。
顕在力は、どれだけ大きな存在を現世に呼び出せるかを示す値だ。それは召喚院の定めた眷属の格によって決められる。リーズリースの場合、〈デュラハン〉・〈光剣〉が高い戦闘力を持つBクラスの眷属であるため、それに合わせて顕在力評価Bとなっている。
顕在力Fというのは今まで聞いたことのないレベルだ。召喚院に在籍することさえ難しいはずだ。
「その代わりと言ってはなんですが妖精たちは門の負担が少ないらしくて、次々と契約していったら気がついたときにはこんな状態になっていたんです。契約力は単純に契約している眷属の数に応じて評価されるので一応SSSということに。聖都召喚院の規則では魔力特性平均がA以上の評価があれば自動的に佰候召喚師の候補者リストに載ることになっておりますので、僕も形式的には候補者というのことになるのですが……正召喚士になれなかった身としましてはなんともお恥ずかしい限りで……」
そんな馬鹿な……。正召喚士ではない者が佰候召喚師の候補に……?
ウィルがからかっているのでないか? そんな思いが頭を過ぎった。故郷にいた頃、いつもいつも馬鹿にされていたことを思い出す。今も慇懃無礼な態度でこちらを騙して楽しんでいるのではないか。だって……。
リーズリースの手が腰の剣に触れていた。
この〈光剣〉はもともとウィルの眷属だったのだ。故郷にいた頃の彼がこの剣を振るう姿を今でも憶えている。ウィルの顕在力がそんなに低いわけはない。
だが、召喚術は嘘をつけない。この世界に顕在化しているものは偽りではない。
彼と、彼の八体の妖精。今、目の前で展開しているもの、それがウィルの召喚術であることに間違いはない。
リーズリースが愕然としていると、背後から、重なった声が聞こえた。
「「うーす」」
アデルとアイシャ、アルハザード兄妹が気怠げに格納庫へ入ってくるところだった。リーズリースはとっさに居住まいを正し、平静を装う。一方、ウィルはぱっと笑みを浮かべた。
「アデルさん、アイシャさん、今日からお世話になります!」
「おー、困ったことがあったら何でも相談しろよ」
「今のとこ、こっちのほうがお世話になりっぱなしだけどね」
リーズリースの知らないうちに、ウィルは双子たちとすっかり打ち解けているようだ。会話の輪から外れてぽつんと突っ立っていたリーズリースに、めずらしく、アイシャが話しかけてきた。
「あ、そうだ。あたしはこういうことはっきりさせる質だから言うけど」
「……何ですか?」
「お菓子ありがとね。おいしかったよ」
「…………は?」
リーズリースが怪訝そうな表情を浮かべていると、アイシャが呆れた表情を浮かべた。
「ああ、やっぱりね。あんたがそんな気が利くわけないもんねえ……」
言って、ちらりとウィルを見やった。
「ウィル君が朝からあちこちにお菓子配ってたんだよ。『姫様から皆様に』って」
リーズリースがウィルを睨むと、彼は手をせわしく組み合わせていた。
「いえ、その、ご挨拶代わりに焼き菓子を作ったのですが、皆様、リーズリースと懇意にしてくださってると伺ったものですから、せっかくなので姫様からと……」
「そんなこと頼んでないでしょう……!」
目を吊り上げるリーズリースの傍らで、アイシャが口を開いた。
「まあ、よかったじゃない。気の利く使用人が来てくれて」
「ですから! ウィルは使用人ではないとあれほど……!」
「で、ウィル君、今日の予定は?」
「人の話を聞きなさい!」
リーズリースはウィルの前に立ちはだかり、双子に告げた。
「私たちはこれから新型試験機のテストなんです。邪魔をしないでください」
「「新型試験機?」」
双子を小首を傾げた。
「あー、そういや昨日もそんなこと言ってたわね」
「あの教授、いつの間にそんなもん造ってたんだ?」
「遠征行く前にはそんなもん無かったよねえ?」
「格納庫にないってことはこれから搬入されんのか?」
「ねえねえ、どんな機体? それに設計図とか載ってるわけ?」
アイシャがキャリアの座席に転げ落ちていたファイルをめざとく見つけ、取り上げた。さっき、妖精たちに襲われたときに落としたままになっていたのをすっかり忘れていた。
「ちょっと! 勝手に見ないでください!」
「いいだろちょっとくらい」
「そうそう、減るもんじゃないんだから」
こういうときだけ息が合っている双子が、取り返そうとするリーズリースを背中で阻みながらファイルを捲る。と、あるページに差し掛かったところでぴたりと手が止まった。
「「オクタ・ドール」」
曇った声が重なる。
「……知っているんですか?」
「知ってるも何も」
アデルが言い、それを継ぐようにアイシャが吐き捨てた。
「私とこの馬鹿が試験機部隊に送られた元凶。呪われた機体よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます