7. 初めての二人



 その翌日、私はニコライ様とアレクセイ様と一緒に街に出た。ちょうど聖誕祭の季節。この国にはこの時期、どの街にも特設のマーケットが立つ。


 その中でも、エルツの森の豊富な木材を使った有名な木工芸品は、特に子供たちのお気に入りだ。ちょっとした小売店顔負けの大きな木造小屋に、所狭しと木のおもちゃが並べられる。


 屋台で熱いグリューワインを飲むニコライ様を置いて、私とアレクセイ様は一番大きなおもちゃ小屋に入った。


 この国に到着してから何度も来ているのに、アレクセイ様は飽きることなく、おもちゃを見に来たがる。そんな様子が、まるで幼いニコライ様を見ているような錯覚を引き起こした。

 ニコライ様もこの時期にこの店を見るのが大好きで、大抵は私が案内役兼通訳になったものだった。


『従妹にお土産をあげたいんだ。君だったら何を選ぶ?』


『そうね。小さな物がいいんじゃないかしら。このパイプ人形はかわいいし、面白いと思うわ。冬の暖炉の上に置くのにも、ちょうどいい大きさですもの』


 手のひらに乗る、まるで小人のようなパイプ人形。胴体は取り外しできるようになっていて、中は三角錐の香を焚くための香炉になっている。香のてっぺんに火をつけて、胴体を上から被せると、煙は人形の口から出る仕組みだ。煙り出し人形とも呼ばれている。


 この国の伝統的な工芸品。神の誕生を祝って賢者から送られた没薬にちなんで、聖誕祭によく使われるおもちゃだ。


『うん。これはかわいいな。中にお香を入れるんだね。ゾフィーはどの香りが好きなの?』


 人形の横に、箱や袋に入ったお香が置かれている。香炉のサイズに合わせてお香の大きさも様々。香りも色も違うので、好みのものを買うことができる。


『この時期の定番は、このアップルシナモンか、こっちのもみの木の香りだけど、私はこれが好き。甘くて美味しそうな匂いでしょ?』


『うん。これはゾフィーの匂いだね』


 ニコライ様は、お香と私のコートの匂いを、交互にくんくんと嗅いだ。それはまるで、子犬みたいに可愛い仕草だった。


『私、このお香が大好きで、一年中焚いてるの。やだ、服に匂いが付いてしまっているのね。臭くてごめんなさい』


『いい匂いだと思っていたんだ。そうか、はちみつの香りか。だから、いつもゾフィーは美味しそうなんだな。食べていい?』


『食べたらダメ! でも、噛むだけならいいわ。痛くしないでね』


 十二歳と十歳の私たちは、まだ男女の交わりについてはよく知らなかった。それでも、本で読んだり、大人の話をこっそり聞いたりした知識で、恋人のまねごとをしていた。ませた言い方をするのが、かっこいいと思っていた。


『それはダメかな。僕、大人になったんだ。だから、もうゾフィーに触っちゃいけないって。ゾフィーはまだ子供だから』


『じゃあ、私も大人になる! だから、触っていいの。今日も一緒に寝ましょう』


『うーん。みんなに知られたら怒られちゃうよ?』


『じゃあ、内緒にすればいいわ! ダメだって言ったら、私、泣くからね!』


『ゾフィーは、言い出したら聞かないからな』


『そうよ。絶対ったら、絶対なの!』


 ニコライ様は人形を買うと、待っていた私にそっと手を差し出してくれた。雪の中は転びやすいからと、いつも手を繋いで歩く習慣になっていた。


『ゾフィー、こっちにおいで。さあ、一緒に行こう』


 私たちが庭の木陰でキスをしたのは、その年の夏のことだったと思う。二人とも初めてだったので、当然うまくできなかった。だから、唇ではなくて前歯がガチっと当たった瞬間、思わず二人とも吹き出してしまった。


 そうして、幼い私たちは大人に隠れて、ちょっとずつ本当の恋人に近づいていった。もちろん、大人たちは私たちの恋人ゴッコに気がついていた。けれど、婚約者同士だからと黙認していたのだった。


 ニコライ様に体を見られるのも触れられるのも、恥ずかしかったけれど嫌じゃなかった。すぐにうまくはできなくても、私たちは何も気にならなかった。

 二人ですることはなんでも楽しかったし、ニコライ様が嬉しそうにしてくれると、私もとても嬉しかった。もちろん、私が喜ぶとニコライ様はもっと私と喜ばせようとしてくれた。


『ゆっくりするよ。痛かったらすぐに止めるから、我慢しないで言って』


 初潮を迎えてしばらくしてから、私はニコライ様と初めて体を重ねた。正直、何がなんだかよく分からなかったけれど、二人で成し遂げた行為に不思議な達成感を覚えた。大人に近づけた気がしたからかもしれない。


 それから、ニコライ様はたっぷり時間をかけて、ゆっくりと私の体を開いていった。最初はただ痛かった行為も、回を重ねるごとに喜びに変わっていった。私たちは上手に愛し合えることに満足して、お互いの存在をとても大切にしていた。


 少なくとも、私はそう信じていたのだ。

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