ありがとう

「傘、入ってく?」

君はおもむろに傘置き場の一つを取り出した。白い蝶の模様があしらわれた傘を。

「……。えっ?」

私の声から出てきたのは、さっきと同じ意味のわからない言葉だった。

さっきから、君はなにをいっているんだろう。だって、その傘は⋯⋯

「傘、入ってく?」

君は私の心を探るように、もう一度口を開く。

一瞬、躊躇ったけど、あの言葉の続きが聞きたかった。もしかしたら、そんな想いが私の中で加速する。

「じゃあ、いくよ。」

「うん。」

君が傘を広げる。そして、私もその中に入り、二人で歩く。

「俺さ、今ものすごく緊張してるんだけど。俺の話、聞いてくれる?」

君は、震えた声で言う。

「うん。」

私は、君の言葉にうなずく。

「……俺さ、ずっとこの目つきだったから、よく勘違いされてて、高校では変わろうと思って気をつけてた。でも、上手くいかなくて、独りだった。」

君の悲しそうな声が雨音と一緒に地面へ落ちていく。私は、その時の君を知ってるよ。私も最初は、君のこと怖いと思っていたから。


「それで、ある時、テスト前に教室に筆箱を忘れて、取りにいったときがあったんだ。それで取りにいった時、クラスの数名が残ってて、俺の話をしてた。」

私は、それに黙って耳を傾ける。

「みんな、俺のこと怖い、無理、性格悪いとか、散々に言われてた。どんなに聞きなれててもさ、辛い訳じゃん。逃げようと思った。筆箱なんて忘れて。でもそのとき、一人の女子が言ったんだよ。あの人そんな人じゃないと思う。実際はただの不器用な人なんだと思うって、そう言ってた。あっ、道どっち?」

「あっ、こっち。」

私は、そう言って、分かれ道の左側を指す。

「よかった。一緒だわ。」

君はそう言って、私と同じく左に曲がると話を続ける。

「俺さ、その子と関わったのたった一回だけだった。たった一回、授業のときに助けてやっただけ。それだけなのに、その子はその一回で俺のことわかってくれた。信じてくれた。それからその子のおかげで、友達も増えて本当に嬉しかった。……ありがとう、野原。」

「……どういたしまして。」

お礼を言いたいのは、私だよ。君にとってはたったの一回でも、私は本当に助けてくれて嬉しかった。本当の本当に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る