日常1-3 立ち話

 ※このシリーズ『日常』は、第一部第一章終了後を想定した、ストーリーと直接的なかかわりがない、いわゆる外伝的なものです。多少登場人物の時系列的におかしいところがあるかもしれませんが、平行世界線として見てください。



*****



―――短縮授業のために、普段の昼休みの時間が放課後になっていたある日。


「あ、島野くーん!」


「吉村さん」


 吉村さんが分厚いクリアファイルを前に抱えながら、帰ろうと廊下に出てきた僕の所に駆け寄ってきた。


「帰るのー?」


「うん」


「そっかー」


「吉村さんは……部活?」


「うん! あれ、言ってたっけ。私が吹奏楽部って」


「えっ」


(そこまでは考えてなかった。泰河が最近毎日のように、部活部活ってしきりに言ってたから……)


「……聞いたことあるかもしれない、けど、ちゃんと言われたことはなかったかも」


 誤魔化しの言葉を紡ぎながらよく見てみると、抱えているクリアファイルに透けて五線譜が見えた。


「演奏聞いたことある?」


「う、ううん。ちゃんとは聞いたことない」


「入学式の演奏とかでしょ? その時は私も聞く側だったからなー」


「そうだね」


「ねえ、私の楽器、何だと思う?」


「え?」


「当ててみてよ」


 吉村さんは持っているクリアファイルを後ろ手に回して、僕の方にグイって距離を詰めて問いかけてきた。


「そ、そんなこと言われたって、全然楽器の名前わかんないよ。ピアノってある?」


「あるにはあるけど……メジャーではない」


「そうなんだ。うーん……トランペット?」


「あー……」


(……え、何この微妙な反応)


 何とも言えない顔をしている吉村さんは、一歩僕から距離を取った。


「……本当に何も知らないんだね」


 珍しく吐き捨てるように言った吉村さんはため息をついて苦笑いをした。


「え…………ごめん」


 思わず僕の目線も下がっていく。


「……別にいいって。でも、トランペットは私、やりたかったんだよ」


「そうだったの?」


「うん。でも、オーディションで落とされちゃって」


「……そうだったんだ。ごめん」


「別に島野くんは謝らないでよ。今は私の楽器が好きだし」


「……難しいんだね」


「うん。私、小さい頃からサックスを吹いてたんだけど、そっちが上手すぎるって言われてね」


「へー…………ん?」


 顔を上げると、吉村さんは『してやったり』な笑顔でこちらを見ていた。


(え、そっち? 下手だったから落とされたんじゃなくて、上手過ぎてスカウトみたいな感じで……ってこと?)


「ふふっ、今はサックスが相棒だよ!」


 吉村さんは再びクリアファイルを前に抱え、廊下の脇を走っていった。一瞬見えたクリアファイルのもう一面には、金のクエスチョンマークみたいな楽器のシールがたくさん貼られていた。

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