第26.2話

「……まさかとは思ったけど、本当に知らなかったんだね、今日の職員会議がひったくり犯の対処についてって」


 多くの生徒が帰り、すっからかんになった下駄箱での話題は、大間さんの勘違いで持ち切りだった。


「だって本当に知らなかったんだもん」


「こらこら拗ねないのー。話し合いの許可を取りに職員室に行った時に、まこちゃんがすごい顔で先生たちを睨んでたのは、こーた君のことを話すんだと思ってたからだったんだねー」


「遅刻したから、朝礼で言ってたの聞いてなかった」


「確かに、廊下で朝会ったもんね」


「俺も教室に後から来たの見た」


「先生と廊下で鉢合わせた時、『怪我無い?』とか言ってたことの伏線回収した」


 大間さんは腕を組んで、うんうんと頷く。


「あの先生すごく言いそうだもんな。うちの担任はクラスのやつが骨折してきても平然としてたし」


「それな。真心もうちのクラスだったら叱られてたと思う」


「みっちゃん。大抵の先生は怒ると思うよ? 真壁先生ぐらいだよ」


「うん。真壁先生かわいい」


「いいなー。真心と一緒のクラスが良かったー」


 雪が大間さんの肩に頭をすりすりする。それほど二人の身長差はないけど、雪が猫背気味だから普段は結構あるように見える。


「雪ちゃん、下心丸見えだよ」


「え? 心の底から思ってるよー?」


「ふーん」


「ふふっ、皆仲いいね」


 職員室のある二階の階段から庵治さんがようやく来た。


「あ、庵治さん遅いですよー?」


「ごめん。なんか色々書かないといけなくて。集団下校の引率を二つ返事で引き受けたはいいけど、結構面倒くさいね。泰河くんもその様子だと、ちょっとは落ち着いた?」


「ま、まあそんなとこです」


「じゃあ皆、大体の家の場所教えてね」


 庵治さんはカバンから取り出した、この辺りの地図を広げて、各自の家を指すように言った。どうやら近い家から順繰りに回っていく方法を取るようだった。もちろん、と言っていいのか、亮の家が一番遠い。


「じゃあ行こうか」


「あの、そういえばなんですけど」


「どうしたの、大間さん」


「ひったくり犯がいて、防犯のために集団下校するのはわかるんですけど、その、私たちが喫茶店に後で行くのはいいんですか?」


「あ、さっきひったくり犯は捕まったみたい」


「え、そうなんですか?」


 散々大間さんをいじっていた雪が、一際大きな声で反応する。


「だからあんまりこの下校には意味はないんだけど、一応やっといてくれって言われたのでね」


「よかった。っていうか、今まで逃げてたってことは、私、公園で襲われる可能性あった?」


「今更? だから真壁ちゃんが真心のことを心配してたんじゃん」


「みっちゃん頭いいね」


「……馬鹿にしてる?」


「ほらほら、皆行くよ? 僕も店の営業があるんだから」


 おしゃべりの間に靴に履き替えた庵治さんが、重ねたスリッパで空いた方の手を叩いて昇降口を出た。汚くないのかな。

 俺はそれにいち早く追いつき、横に並んだ。庵治さんに聞きたいことは山ほどあるけど、いくつかピックアップしないと。


「庵治さん、こーたのことなんですけど」


「泰河くんって、かぼちゃとキノコどっちが好き?」


「……え?」


 俺の質問を遮って、庵治さんは突拍子もない話題を突っ込んできた。


「ほら、秋の新メニュー考えてて。夏はスイカのマドレーヌがバズったから、秋のバズり枠考えよっかなって思ってて」


「は、はあ」


「スイカのマドレーヌは結構力入れたんだけど、あんまり売れ行きは良くなかったんだよね。味はいいけど値が張るから、リピート客が全然いなかったことが理由だと思うんだよねー」


 実はあの喫茶店は、ここ数年でかなり有名になっている。テレビの取材は頑なに断っているそうだけど、雑誌やネットニュースで話題になることが多い。映えるスイーツやコーヒーのこだわりなど、取り上げられる要素は様々だけど、全ての記事に共通しているのは『イケメン店員』という文言とキメ顔の庵治さんの写真だった。


「で、どっちが好き?」


 離脱する一人に手を振って見送った庵治さんは、自分の考察を止めてこっちに話を振ってきた。


「えー……正直俺はどっちもいいと思うんですよね」


「おおっ嬉しいこと言ってくれるじゃん。いっそのこと両方やっちゃおうかなー。かぼちゃは色んなスイーツに活かせるんだけど、キノコは工夫し甲斐があるね」


 そして一人、また一人と離脱組が出て、結局何も相談できずに俺の家の前まで来てしまった。


「じゃあまたね」


 俺は虚無の顔で庵治さんたちに手を振った。

 ……まんまとしてやられた。

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