第25話 真実と現実1
「で、ここにいるメンバーが『こたろーのことを話す委員会』?」
「変な委員会」
「誰? こたろーって」
大間さんが名付けた変な委員会名に光里がツッコみ、その前段階で雪がつまずく。
先生にこーたのことについて話し合う時間を設ける許可が下り、今は使われていない空き教室を借りることができた。昔はここも一つのクラスの教室だったらしいけど、今では生徒が近寄らない穴場になっている。かくいう俺も入るのは初めてだ。
この時間に裏で行われている職員会議は、おそらく今朝起こったひったくり犯の事件に関する会議なのだろうけど、話すべき全員が集まることができる絶好の機会だし、ひったくりされた人には悪いけど、勝手に結果オーライとさせてもらおう。
「で、この六人がそのメンバー?」
「……多分な。ちょっと想定外だけど」
まどかが全員に問うものの、返事をしたのは俺だけだった。余分な人がいる場所で話すのは憚られるけど、もはやこの教室まで連れてきた以上仕方ないか。
後ろに詰めて置いていた椅子と机を六つ、手分けして二×三の形になるようにくっつけてそれぞれ座った。着順は一番入り口から遠い席から時計回りに、俺、大間さん、光里、まどかと、当初想定していたメンバーが座り、偶然居合わせることになった雪がまどかの向かいに座った。そして、あともう一人。
「俺もここにいてよかったのか?」
光里の向かいに座った亮は、気まずそうに頬を人差し指でポリポリと掻いた。たまに教室に行った時に話すところを見ていたのと、口が堅いことを知っていたため、急遽呼ぶことにした。それにこーたと同じクラスの人がもう一人いた方が、復帰した時にやりやすいだろう。
「ああ、急に呼んで悪かったな」
「いや、大丈夫だけど。こたろーって、洸太郎のこと?」
「うん。そう呼んでって言われた」
今そのあだ名で呼んでいる唯一の存在が説明する。
「へー、今度呼んでみよっかな」
「だめ」
「え」
「ふふっ、ごめんね。まこちゃんはあだ名を独占したいみたい。私は吉村まどか。去年一緒だったけど、あんまり話さなかったよねー」
「ああ、覚えてる」
そのままの流れで各自、亮に対する自己紹介を済ませた。そして今回のことについて話すときが来て、俺はなんとなく席を立った。
「まず、ここで話すことは、口外無用で頼む。先生とか親にも内緒で。わかる人はわかると思うけど、庵治さんは俺たちより詳しく知っているから、話しても大丈夫」
「わかった。ちょっといい?」
「どうした、雪」
「なんとなくさ、集まったメンバーの顔と会話の雰囲気で、多分島野のことを話すのはわかった。本当に私って、ここにいていいのかな」
「何をいまさら。こういうの、足を突っ込んだら抜け出せないの知ってるでしょー?」
まどかはいじり口調で雪を茶化すけど、その顔は一つも笑っていなかった。圧をかけているのかもしれないけど、やはり前の話が結構堪えたのが一番の理由だろう。これからの『委員会』でも注意して見ておく必要がありそうだ。
「抜けたくなったら抜けてもいい。ただ、この話があったことは」
「ううん。今教室に戻ったら目立つし、このまま当事者になる」
俺の言葉を遮って覚悟を述べる雪の方が肝が据わってそうだ。
念のため、他のメンツの様子も軽く伺ってみる。
大間さんはどこかから取り出したメモのようなものを机に置き、授業を受けるように俺のことを見上げていた。
光里は机の上に肘を置いたものの、背筋はピンと伸びていた。光里にはざっくり前に話したから、大体の内容はわかっているのだろう。
亮は困惑しているが、まあ、多分大丈夫。
「じゃあ、話し始めるな」
俺は一つ一つ、なるべくストーリーを一度頭の中に思い浮かべてから口を開いた。
「あれは、俺がまだ小学五年生の頃だった」
*******
当時の俺はとにかく、新しいクラスになったら話したことのない人と絡むタイプだった。今もそんな感じだけど。とりあえず四月の間に、クラスで話したことがないやつがいないようにしようと、色んなやつに声をかけようとしていた。とはいえ、さすがに四年間も過ごしていたら、話したことがないのは数人程度だった。
その数人の中にこーたがいた。正直、あの時の俺は声をかけることに精いっぱいで、相手の話もちゃんと聞いていなかったし、話したことなんて覚えていなかった。
そんな俺の、こーたに対する第一印象は、元気な子だった。
「サッカーしてるの? すごいなー」
「そ、そんなことないよ」
「ポジションどこなの?」
「ミッドフィルダー」
「ミッドフィルダーって、あれでしょ? 右サイドバックとか左サイドバックとかあるでしょ? どっちなの?」
「そんなのあるんか。大体右の方にいることが多いけど、本当にそれかはわからない」
「へぇー」
結構意外だと思うけど、こーたは昔は知識をひけらかすタイプだったんだよ。あんまり覚えてないけど、例えば、いちごは野菜だとか、はさみを使わずに紙をきれいに切る方法とか、猫は死ぬ前に飼い主の下からいなくなるとか。俺は当時ゲームとかサッカーとかばっかりしてて、あんまりそういうの知らなかったから、面白がって色々聞いてたし、無茶ぶりもした。
そんなあいつも、俺とか、ここにはいないゲーム仲間とかの誘いに乗って、一緒にオンラインで通話をしながらゲームをするようになった。とにかくゲームの趣味も合ったし、あんまり苦手なものもなさそうだったから色々遊んだ。はっきり言って、あの時期のあいつは俺よりゲームにはまってたな。
でもどういう時間の使い方をしてるのか、あいつの知識は色々増えていって、そのレパートリーにテレビ番組とかアニメとかも入ってくる頃には、あいつはクラスの中心になって色んな人と話すようになった。あいつが羨ましかったよ。俺は結構苦労してクラスの皆と話せるようになったのに、って。その輪の中に入りつつも、どこか俺は一歩引いてあいつを見ていた。
でも、ある日を境にあいつはあまり話さなくなっていった。
「ねえ、最近デビューした『
「そんなバンド知らないよ。それより昨日のアニメ見た? 俺塾で見れなかったんだよなー」
「俺も前の方しか見てねえわー」
「……」
あの後考えてみれば、徐々にみんなの興味とあいつの知識のずれが大きくなっていってたんだと思う。
「あのさ、そのクジラって前までは食べれない時期があったんだって。お父さんが食べたことないって言ってたんだー」
「ごちそうさま」
「……」
それからもあいつをハブにするような雰囲気が作られていった。でも、当時のあいつは今ほど鈍感じゃなくて、懲りずに色んなものを漁って話してた。ちょうどそうなりかけた時期に俺は塾に入って、学校で隠れて塾の宿題をするようになって、サッカーも忙しくなったから、学校の中でも外でも、こーたとの絡みが少なくなってた。
俺が本当に、その事態の異常さを身にしみて感じたのは、その年の年末にあったお楽しみ会の日だった。
俺はお楽しみ会の実行委員をやってたから、予め作ってた飾りつけの手直しとか、先生に頼んでいたものの運搬とかで、朝早くに集合するように言われてたんだ。でも、俺が行った時に教室に一番乗りしてたのはこーただった。
「……」
何もしゃべらずに、ただ何かのフレーズを練習しているようだった。随所でジングルベルのような曲が聞こえたけど、ちょっとアレンジが強すぎたのか、何の曲かはわからなかった。
「……うーん」
後々慌てて先生の下に走らないといけなくなるくらいには長く聞き入っていたけど、静かにギターの練習をしてたこーたは俺が声をかけるまで教室に自分以外の児童がいることに気づかなかったみたいだった。
「生で聞くとやっぱり上手いな」
「わっ、びっくりした」
「……なんかこうやって話すの久しぶりだよな」
「うん、そうだね」
いつの間にこんなにクールキャラになったんだって思ったけど、その変化に気づけなかったくらい、俺は俺自身の生活に必死だった。周りが、見えてなかった。
「あれ、そのギター弦の数多くない?」
「ん? ああ、確かに。七弦ギターは珍しいよね。これでも、昔は使ってる人がわりといたらしいよ?」
「そ、そうなんだ」
「今日ジングルベルの後に、サプライズで『hope aisle』の曲もやろうと思ってるんだ。内緒だよ」
最初は体調が悪いのかなって思ってたけど、いたずらっ子っぽい笑顔を見て内心安心してた。
お楽しみ会が始まってから、皆クイズ大会で盛り上がり、ドッヂボールで盛り上がった。給食もそのままのノリでわいわい食べて、なぜか掃除もてきぱき終わらせて、そしてみんなの一芸披露会が始まった。俺はいやいややらされた漫才を、知ってる人は知ってると思うけど、二年三組の郷太一と一緒にやった。それなりにウケたけど、ちゃんと空気は微妙な感じになったよ。で、その後。トリの前の、こーたのギター披露の番になった。
「いい感じの曲を持ってきたから、弾きまーす!」
この時から、様子がおかしかった。
トリは、今は他校に行ったお調子者の連中がカラオケみたいなのをする予定で、その手伝いと言い張って何人か廊下の外に出ていた。だから教室にはそんなに人がいなかった。皆に聞いてもらいたいと思って朝早くから練習してたのを見てたから残念に思ったのをよく覚えてる。
もちろん、たかがカラオケの手伝いにそんなに人数要らなかったと思うけど、後々考えればあいつに対する一つのいじめみたいなものだったんだと思う。
それから、あいつはクリスマスソングを演奏し始めたんだけど、そっちも様子が変だった。朝聞いたときにはしていなかったミスを連発して、だんだん教室の中の空気も重くなっていった。先生だけがまばらな手拍子をしているのが、余計にその空気を変にしていたような気もする。
「じゃ、じゃあ、サプライズで、『hope aisle』の曲をやります……」
それが一番、ダメだった。
「おい、そんな知らない曲やるぐらいだったら俺たちの時間返せよ!」
「下手くそな演奏さっさと終われ!」
「金持ちが調子乗んな!」
ギターを弾く手が止まった。
「すっ……」
それまでそこにばかり目がいっていた、俺を含む数少ない観客は初めてこーたの顔を見た。
「ひひっ」
俺はその時、初めて人が壊れる瞬間を見た。
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