第10.5話

「うわっ、ギリギリ載れなかったー」


「よっしゃ勝った!」


「まあ、俺には無縁か」


 あのお出掛けの日も遠い記憶になり、期末テストも、そのテスト返却も終わったある日、テストの結果が貼りだされた。主要五教科の上位二十人と合計点数の上位二十人が、学年の掲示板に掲載されるのだ。もちろん貼りだされた日の朝は生徒が殺到し、阿鼻叫喚が廊下に響いているのを蚊帳の外から聞いているだけど、今回は違った。


「なあ、やっぱり島野って頭いいよな」


 体操服姿の藍野さんが僕の肩に手を置く。


「そんなことないよ。ほら、吉村さんのずっと下だし」


 前の中間テストまで、全てのランキングにおいて、五位前後に載っていることが多かった。でも、今回は新作ゲームの誘惑に負けてしまってあまり勉強時間が確保できなかったためか、社会以外は少し順位が下がってしまった。社会も点数が結構下がってしまったのの、それでも載ることができたのはラッキーだとは思う。


「まどか、結構頑張ってたからな。でも、真心がこんなに順位高いの初めて見たかも」


 藍野さんが見ているのは、総合順位だろう。主要五教科のランキングにおいて、大間さん二勝、吉村さん三勝だったものの、総合順位は大間さんの方が一つ上で、五位だった。


「最近起きるようになったからかな。でもここまで顕著に出るんだね」


「おはよ」


「わっ」


「お、噂をすれば」


「私の噂?」


「ほら、順位表出たから。真心全部載ってる」


「あ、ほんとだ。島野くんは、えーと…………どうしたの?」


「うぐっ」


 純粋な疑問が一番効く。


「ん?」


「こ、今回はちょっと、ゲームが気になって」


「言い訳?」


「うぐっ」


 二発目はもっと効く。


「でも、社会はさすがだね」


「そんなことないよ。皆もそうだけど、点数的には全然よくなかったし。でも大間さんの順位も結構上がったよね」


「へへ」


 大間さんは頭の後ろを右手で掻いて照れ笑いをした。


(え? 何それかわいい)


「おーはよ!」


「おい、肩組むな!」


 後ろから藍野さんと僕の間に割り込んでそれぞれの肩に手を回した、これまた体操服姿の泰河は掲示板の見出しを見ると、顔に浮かべた笑顔をすっと消した。


「あ、俺に縁のないやつだ」


 そう一言残して、泰河は教室の方にそそくさと入っていった。一組は廊下の突き当たりに教室があり、同じく突き当たりの壁に学年の掲示板が備え付けられているため、窓際の自分の席からでも、嫌でもこの騒がしさは耳に入ってくるだろう。


「……別にあいつも毎回平均点は超えてるだろうに。まあ、私も戻るか。二人とも、また」


 手を振って藍野さんが教室に入っていく頃には、各教室に担任が入っていく頃だったため、皆一斉に教室に戻る流れになった。


「はい、朝礼します。日直は号令を」


「起立」


 僕たちはいつも通り朝の挨拶をし、連絡を聞く。でも、そのルーティーンに最近加わったことがある。



*****



「……」


 一限の社会の授業が始まってからも、大間さんは机に右肘をつき、その手で右頬を支えながら先生の話を聞いていた。たまにその手を外し、パパッと板書を取る。


「……ん、どうしたの」


「え?」


 その様子をボーっと見ていた僕に気づいて、大間さんがこっちを向く。


「いや、こっち見てるから」


「ううん、なんでも」


「そう」


 大間さんはまた黒板の方を向いて板書を取り始めた。

 この期末テストの前後から、大間さんは真面目に授業を受ける回数が多くなった。体育の後とか、日によってはしんどそうに机に伏せている時もあるけど、起きていることの方が多くなった。


「じゃあ、ちょっと早いけどキリがいいから今日はここまで」


 老年教師がチャイムと同時に、まっさらになった黒板を置いて教室を出て行った。多分周りにばれないようにするためにチャイムが鳴るまで待ったんだろうけど、生徒がおしゃべりで盛り上がってるのは壁越しに他教室にも聞こえているだろう。


(このまま普通に授業を受ける習慣がついたら、僕もあまり関わらなくなるんだろうな)


 教科書とノートをトントンと机で揃えながら、黒くて長い髪を垂らすクラスメイトと話をする様子を横目に、僕は片付けを始める。


(次は実験で移動教室だから、教科書持っていかないと……あ)


 カバンに手を伸ばそうとしたところ、誤って机上の筆箱を落としてしまった。ガシャンとペンが散らばる音がしたけど、周りはおしゃべりに夢中なようだ。


「島野くん、大丈夫?」


 そんな中で大間さんだけ、わざわざ席を立ってペンを拾うのを手伝ってくれた。


「うん、ありがとう」


「次移動だよね、一緒に行こう」


「え、うん。でもいいの?」


「なんで?」


「さっき話してた子は?」


「……私が行きたいって言ってるんじゃん」


「え?」


「このペンは預かっておきまーす」


 大間さんは僕の筆箱の中にあったピンクの蛍光ペンを持って、廊下の外に出て行ってしまった。


「ちょ、ちょっと!」


 僕は慌ててその背中を追いかけた。

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