第23.6話
ふと、走る私の頭の中で、彼との初々しい日々が思い起こされた。
*******
彼が私に初めて話しかけてきたのは、新しいクラスになってから初めて行われた席替えの時だった。
「はぁ……めんどくさ」
重たい腰を持ち上げて、くじが入ったかごが置かれた教卓へ向かう。
どこに座ろうが二人のいないクラスじゃ寝るしかないんだし、移動するの意味ないでしょ。めんどくさいし、いっそのこと机も椅子も車輪ついててくれないかな。あ、でもそれだったらバランス悪くて寝られたもんじゃないか。
「あ、これ一緒だ」
書かれた番号は自分の出席番号と同じ五番。出席番号の通りに席番号が振られていたから、運よく移動せずに、しかも角席を死守することができた。
「ふぅー……」
元の席に戻った私は、息を吐きながら机の上に腕を伸ばす。
日当たりの良い席だし、気にいってたから嬉しい。でもこれから暑くなるかな。だとしたら廊下に近い方の角席が狙い目かな。もちろん、最後列の。
―――ガタッ。
今回のお隣さんが来たようだ。顔を伏せているから見えないけど、ぎぃぎぃ音をたてながら机と椅子を引きずってくるインモラルな人じゃなくて助かった。これなら私の平穏を邪魔することはないだろう。
「初めまして。よろしくね」
……。
「あの、島野です。その、前はこれより一つ前のせ、席に座ってて……」
……。
「……ごめん」
えっ?
私が顔を持ち上げると、その震えた声の主は何も置かれていない机の上を眺めていた。
「なんで謝るの?」
「え、えっ」
「きょどり過ぎじゃない?」
「そ、それは、ごめん」
「別にいいから」
「……」
初めてだった。私みたいな人間と会話が生まれなくて、悲しみの感情を見せた人は。大抵呆れか苛立ちだったし、中には駄々をこねて泣き出す人もいた。小学校の頃だけど。
前の隣の席の子はこっちに興味なかったから助かったし、このクラスは変わり者が多いのかもしれない。なんか、やだな。
「私、大間」
「大間さん大間さん」
「なんで二回言うの?」
「ううん、覚えてる。僕、人の名前覚えるの久しぶりで」
「何それ」
「……よし、大間さん、よろしくね」
何度も小声で私の苗字を復唱した彼は、満足気に会釈をしてきた。
*******
その頃から、彼は頻繁に声をかけてくるようになった。あくまで私が寝ていて、それを起こす休憩時間というシチュエーションがほとんどだったけど。毎回毎回おはようって言って、今何時って聞いて、先生の伝言を聞いて。まるで作業みたいな会話の連続。でも必要以上に私の心に入り込んでこない、そんな彼の優しさが私にとっては心地よかった。だからくろころのことを相談したんだ。
翌日に花粉で鼻をむず痒くしてた私にポケットティッシュを渡そうとして、カバンから取り出した箱のティッシュを見てあからさまに落ち込んでいたのは見てて面白かったな。
「……待ってて」
彼が待っているはずもない学校に行く意味を、久々に思い出した気がした。
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