第20話 崩壊2

 「じゃあ、またあし……また来週」


「……うん、また」


 早歩きをする大間さんに何とか追いついたのは、いつも別れる交差点が見えたあたりだった。不機嫌さを隠しきれない顔で、僕の家や学校とは違う道を歩いて行った。

 僕はその背中から目を背けるように自分の帰路に就いた。


 最近、自分はうまくやっている気でいた。


 学校にも行って、授業もしっかり受けている。友達も作ったし、海に行った。でも、それは人に頼った結果だった。その人を失望させまいと、ここまでやってきた。

 でも、少しでも気疲れすると、僕は元通りになる。

 きっとまた人に頼って、変わらない現実に失望される。


「……あ」


 ボーっと歩いて帰ってきた駅前。人の流れの先に、さっきの三人がいた。その輪の中に、見慣れた人影が笑って話しているのが見えた。


「泰河……」


 僕は駅の横のビルに走る。


 泰河の顔は見えなかったけど、きっと僕のことで何か言われてるんだろう。いや、もしかしたら逆に、僕のことを何か言っているのかもしれない。


 駅ビルの、開きかけの自動ドアにぶつかりながら、僕は中に入る。

 登下校中に寄り道をするのは校則で禁止されているけど、くろころのところに行っていたこともあって、見回りの先生がいる様子はなかった。というか、もしいたとしても今は気にしていられない。


「……あれ、島野?」


 入ったところにまた見慣れた人影があった。


「あ、藍野さん、偶然だね」


「ああ。それより、大丈夫? 顔色悪いけど」


「そ、そうかな。でも走ってたから、それかも」


「なんでだよ。慣れないことすると体壊すぞ?」


「ちょっと用事があって」


「え、そうなの? 呼び止めて悪かった」


「ううん、大丈夫」


「……」


 僕は、藍野さんの顔を、存在を視認してから見ることができなかった。でも、声色で僕のことを変に思っていることはわかった。わかりきっていた。


「じゃあ、行くね」


「……なあ」


「は、はい」


「とりあえず、座りなよ」


「えっ?」


 僕はそこでようやく、顔を上げた。

 藍野さんの顔は、真顔だった。



*****



「ありがとう」


「今度奢りな」


「……わかった。約束する」


「……やっぱりお前、真面目だな」


「それは……よく言われる」


 ベンチに座った僕は、藍野さんに買ってきてもらった缶コーヒーを飲む。変な汗をかいている時に飲むものではないけど、もしかしたら前にショッピングモールで二人になった時のことを思い出したのかもしれない。その気遣いは、良くも悪くも僕の中でグッと来るものがあった。


「何かあった?」


「それより、藍野さんは何か用事あるんじゃ」


「いや、時間はまだあるし。と、友達の話聞く時間ぐらいはいつでも持ってるから」


 藍野さんは人差し指で鼻下をこする。


(本当にこういう仕草をする人いるんだ……)


「だから、何があったか聞かせて」


 少し普段より語気を緩めた藍野さんが、僕の言葉を待つ。


「……」


 でも、何を話すべきなのか、僕にはわからなかった。


 あいつらのこと? いや、藍野さんにはわからないだろう。

 大間さんのこと? いや、あれは別に大間さんが悪いんじゃない。

 じゃあ僕が全て悪かったって、何も知らない、何も興味ない藍野さんに話すのか?


「……また真心が変なこと言ったの?」


「ううん。っていうか、またって」


「まあ、真心は結構頓珍漢なこと言うこと多いから。じゃあまどかか?」


「ううん、今日は話してない」


「そうか……もしかして?」


 藍野さんは自分を指さす。


「違う! それはない!」


「そ、そうか……」


「あ、ごめん。声大きかった」


 僕は周りの視線が自分に向いたような気がして、下を向いて自衛する。


「じゃあ、泰河……なわけないか」


「う、うん……」


「……え?」


「いや、違う。泰河はきっと、うん」


(きっと偶然鉢合わせただけ、っていうか、僕が泰河の交友関係にあれこれ言う筋合いはないし、勝手に僕が嫌な気分になってるだけ。身勝手にもほどがある。あー、自分の印象が勝手に朝令暮改する!)


「……まあでも、男子のことはよくわかんないし、そもそも島野の交友関係ってそれぐらいしか知らないから、私にはどうしようもない」


 藍野さんの述べる率直な意見に、僕は納得するしかなかった。少しの沈黙に気まずくなって顔を上げると、藍野さんが疲れ切った顔で地面を見て顎を触っていた。


 あ、また一人、失望させた。

 僕は結局、人を裏切ることしかできない。

 きっと僕は、どうしようもない人間だ。

 人の温情に甘えて、弱いのに強くなった気でいるだけだ。

 勝手に人に期待して、勝手に人に裏切られた気になってる。


(どうせ、誰も、僕を!)


「あれ、洸太郎くん?」


 我に返った僕は、聞きなじみのありすぎる声に、思わず嗚咽しかける。


「……あ、庵治さん?」


 顔を上げると涙が溢れてしまいそうで、僕は下を向いたまま掠れた声を出す。


「うん。こんにちは、洸太郎くんの友達かな」


「えっ、は、はい……」


 藍野さんの声色がまた変わった。どちらかというと、余所行きな声だ。三者面談の時に廊下で漏れ聞いた声と似てる。


「……ありがとう。後はこっちに任せて」


「わ、わかりました」


 僕はまだ目が乾いていないような気がして、庵治さんの助けを借りて立ち上がっても前を向くことができず、甘んじて頭を撫でられるのを受け入れるしかなかった。


「ごめんなさい……」


「いいんだよ。じゃあ、えーと……はい」


 庵治さんが藍野さんに何か渡したような気がした。


「あ、ありがとうございます……?」


 困惑する藍野さんを置いて、僕は庵治さんに連れられてその場を後にした。



 その翌週、僕は学校を全て休んだ。

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