第17話 縁と焼きそば

「あ、こっちこっちー!」


 駅の入口が見える所までやってくると、こちらに手を振る泰河の姿が目に入った。白いロゴTシャツの下は、やけにカラフルな半パンを履いている。多分水着だろう。


「泰河ー!」


「こーた!」


 僕たちは数年来の再会を喜び合うかのように両手を合わせた。苦労だけを考えるとそれくらいの時間を感じさせるけど、吉村さんとのやり取りを思い返すと、とても三時間経ったとは思えなかった。


「お前ら、本当に車で来たんだな」


「うん、結構すぐだったよ。歩道で歩いてる人がうらやましそうにこっち見てた」


「ま、この辺りの駐車場代高すぎて皆敬遠するもんな」


「それに、昼ごはんの場所も確保できたよー」


 吉村さんは僕の隣まで来て、両手を挙げる。


「……まさか、そこの人に送ってもらったのか? 仕事に行くついでに、って」


「……よくそこまでわかるね」


 吉村さんは苦笑いだ。多分もっと驚く表情が見たかったのだろう。


「ほんと『人間万事塞翁が馬』だな」


「まあ、僕たちからしたら『旅は道連れ世は情け』って感じだったけどね」


「そうだねー。偶然の重なり合いって感じ」


 僕は安心できる場所や人が少ない分、運命や縁を結構信じている。今の交友関係も、そして今日の出来事だって、きっと何かの巡り合わせだろう。


「で、他の二人はー?」


「二人とも着替えに行ってる。場所送るから合流して着替えてきたら?」


「うん、わかったー」


「お前はこっち」


「げっ」


 吉村さんについて行こうとしたところを、リュックサックの持ち手を引っ張られて止められる。


「男子更衣室はこっち。というか、俺らはお金かかるから男子トイレな」


「そ、そういうことなら先言ってよ」


「じゃあ島……こーた君、また後で」


「えっ?」


 言い淀みが一息の中で流れていくような、すがすがしい顔で笑う吉村さんは、ドレスの裾を持つように肩から下げたボストンバッグの持ち手を持って、あっちの方に走って行ってしまった。


(今、名前で呼んだ……?)


「なんか、結構お前ら仲いいよな」


「そうだと思いたいけど、今、さ」


「まあいいや。とりまさっさと着替えるぞ。言ってる間に三人とも来るから」


「わ、わかった」


 僕は泰河に導かれて男子更衣室―――もとい、男子トイレに向かった。



*****



「お待たせー! 島野も来れてよかった!」


「……藍野さん、元気そうだね」


「そ、そんなことない」


 白いシャツと紺色の水着の下に、すらりとした足をのぞかせた藍野さんは、赤らめた顔を下に向ける。人づて文字づてでしか聞いていなかったけど、本当に海が楽しみだったのだろう。昨日の夜は眠れたのだろうか。


「島野くん。おはよう」


 大間さんは紺色のラッシュガードの上から薄手のパーカーを羽織り、下は白の半パンの水着といった出で立ちでやってきた。


「うん、お、おはよう?」


「……もうこんにちはだね」


「そ、そうだね」


(でも大間さんに声をかける時は、大体おはようから始まる気が。あ、でも最近は起きてるし、そもそも会ってないし、っていうか本当に言ってたっけ。もしかしたら勝手に言ったつもりになってるんじゃ)


「ん、島野くんどうしたの?」


「えっ? ううん、なんでもないよ」


「そう?」


「まあ、こいつもきっと疲れただろうし。多めに見てやってくれ」


「わ、わかった」


 泰河の言葉が歯に詰まったのか、大間さんはもごもご了承した。


「……あ、そういえば、島野の服装どうだった?」


「ああ、それがな、俺たち大外しだ」


「え、まさか僕の服装で賭けしてたの?」


(そういえば、昨日の夜はみんな服装のことで盛り上がってたっけ。たしか大間さんの写真から始まったはず)


「ああ、俺たちみんな白Tジーパンで被ったから、お前も同じやつで来るんじゃないかって話してたんだ」


「確かに今日は、水色のシャツにベージュ半パンだったけど」


「は?」


 藍野さんは心の底から驚いているようだった。わかりやすいリアクションは見ていて気持ちがいい。


「意外だった?」


「意外にもほどがあるけど……なんかムカつく。というか…………いや、やっぱりなんもない」


 心の中で、してやったりという感情が湧いてくる。


「帰りにまた見れるよね」


 大間さんはいつの間にかこちらの間合いに入り、僕の顔を見上げていた。


「え、ま、まあ着替えるし、そうじゃないかな」


「楽しみ。私の服装も当てられるかな?」


 不敵に笑う大間さんに年相応のいじらしさを覚えた。横で泰河が首をかしげる気配がした。


「大間さん、さっき皆の服装のネタばらししちゃった」


「あ」


(泰河、僕は覚えてなかったのに……)


 一瞬で自信が崩れていく大間さんを見て、笑いをこらえずにはいられなかった。


「お待たせー!」


 談笑がちょうど途切れたところに、吉村さんの声がやってきた。紺と白のボーダーの水着の上に、大間さんとおそろいのパーカーを羽織っている。


「よし、じゃあ二人案内してくれ」


「え、案内って?」


「海の家。俺たちもう腹減ったー」


 泰河はよく鍛えられたお腹をポンポンと叩く。


「そういえば、三人はさっきまで何してたの?」


「ん? 散歩。ジェラート食べたり、あとはお土産屋入ったり」


「先に海入っててもよかったのに」


「お前らが来るまで待ってたんだから」


「それはどうも」


 僕は泰河に背中を押され、海の家が並ぶ砂浜に一歩を踏み出した。



 *****


「予約五名様ー!」


 やっとのことで合流できたものの、もうすでに太陽は沈む体制を取る時刻になっていた。それでも数少ない時間をめいいっぱい遊ぶために、僕たちは早速『いつしかの海の故郷』に訪れて腹ごしらえをすることにした。店の前に来るとすぐに厨房の方から声が聞こえ、二人の屈強な男性が僕たちを中に案内してくれた。


「お待たせしました、焼きそば五人前です」


「ありがとうございます」


 二人がかりで運ばれてきた焼きそばを、僕と泰河で受け取る。値引きサービスをしてもらえるとの話だったけど、どうやら会計でややこしいことにならないようにするためにメニューは焼きそば固定だったようだ。


「やっぱりこういう時は焼きそばだよなー」


 泰河は手を合わせたのを見て、各々手を合わせる。


「いただきます」


 隣で藍野さんがつぶやいた。


(いただきます……うん、おいしい)


 普段家で作る焼きそばとは違って濃い味の焼きそばだ。海に入ったら塩分が持っていかれるし、そういう味付けにしてるのかもしれない。


「にしても暑いね」


 吉村さんはカバンから取り出したマフラータオルで額の汗をぬぐい、そのまま首にかける。


「でもきっと今でもマシな方だよ。まどかちゃんたちのおかげで、日よけしながら食べられるし」


「ほんと、二人様様だよ。この後の海辺は絶対暑いから」


「いやいや、そんなことないってー」


「謙遜するなよ。見ただろ? ここもそうだけど、他の海の家も行列だったし」


 確かに、他の所はもちろん、僕たちが入ったこの海の家もすでに数グループが並んでいた。その状況で先に案内してもらったのだから、海の家の方々には感謝してもしきれない。


「空いてたところもあったけど、さっき歩いてた時にぼったくりのメニュー看板みたから納得」


「あー……」


 もぐもぐ焼きそばを食べる大間さんの言葉に皆納得するしかなかった。


(でもここの焼きそばも八百円もするけど、もっと高いのか)


 学生料金としての値引き、ということで五百円におまけしてもらったけど、それでも自分で作るならそれぐらいの値段が妥当だと思う。


「最近海の家のメニューも高くなってるところが多いけど、それでもここは安い方だしな。しかもこんな屋根付きの良い席に座れるって、ふつうあり得ないからな」


「でも、なんでここまでしてくれたんだろう。いくら庵治さんの知り合いだからって、何か手伝ったわけでもないし」


「え、庵治さんいたの?」


 泰河は僕が出した名前に反応する。もちろん、泰河も庵治さんの顔見知りだ。


「いやいや、庵治さんの大学の同級生がこの海の家をやってるカフェで働いていて、そのよしみでここまでやってもらえたから、本当に驚いてる」


「だからこーた君のおかげ! 私は何もしてないし」


「いやいや、吉村さんいなかったら話せてなかっただろうし、そもそも庵治さんを話題に出すことがなかったよ」


「……本当に偶然の連続だったんだ。ふふん。私結構こういう時、運いいんだよね」


「別にその場にみっちゃんはいなかったでしょ」


「うっ、いやいや、私が二人に早く来てほしいって思ったから、そっちもうまくいってよかったって言いたかったの」


 藍野さんと吉村さんのこういうやり取りも懐かしく感じた。


(……ん?)


 向かいで苦笑いする藍野さんの隣で、口を開けたままでいる大間さんに気づく。


(大間さんも驚いて声も出ないのかな)


「大間さん?」


「えっ、な、何?」


「大間さんもびっくりしたでしょ。世の中って案外狭いんだね」


「う、うん、そうだね。あ、島野くん」


「そういえば、光里、浮き輪とか持ってきたんだっけ」


「そうそう」


「……」


 大間さんは何かを言いかけたようだったけど、話題が変わったことで、焼きそばをすする音に変わってしまった。


「泳げない人いなかったよね」


「うん。でも浮き輪は欲しいかも」


 吉村さんが手を小さく挙げる。


「必須の人を聞いてるの。いないならまどかが使っていいけど、交代交代で使って。あとはビーチボールも持ってきた。線引いてやるのは無理だけど、あったら楽しいと思って」


「いいじゃん。あとで男女で分かれてやろうぜ」


「二対三って不公平じゃない?」


「ふーん、島野、ビビってるんだ」


「別にそうじゃないけど、単に頭数が多かったら有利でしょ」


「ま、島野はそれに入らないから一対三になるか」


「……聞き捨てならないね」


 僕は藍野さんとの間に激しい火花が散るのを第六感で感じた。


「おっ、こーたにも火が着いた!」


「全く、二人とも子どもなんだから。ね、まこちゃん」


「私も、頭数に入ってないよ、うん」


「ちょ、ちょっと、まこちゃーん、どこ見て話してるのー」


「……おい、島野、聞いてる?」


「……え、ごめんごめん、ボーっとしてた」


 明後日の方向を見てぶつぶつ念を唱える大間さんに気を取られて、僕の戦意もどこかに飛んで行ってしまったようだった。

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