第12話 喫茶店と気まずさ
「……島野くんだよね」
「は、はい」
「前の体育ぶり。
「し、島野洸太郎です」
「よろしく」
天然パーマのミディアムヘアーを後ろでくくった女子―――淡路さんは僕の左隣に座り、自己紹介をする。
「そっか、ゆっきーとはあんまり絡みなかったね」
「……大抵の女子と絡みはないと思うけど」
(っていうか、なんでこの席順なの……)
吉村さんは、さっきまで徳松さんが座っていた、僕の右隣に座り、淡路さんと僕を挟んでいる。そして、その奥には黙ったままの大間さんが座ってスマホを見ている。なぜかテーブル席に移る雰囲気もなく、皆腰を落ち着かせている。さっきまで新聞を見ていたおじいさんは、知らない間に店を後にしたようで、店内は僕たちだけになっていた。
「どうして吉村さんたちはここに来たの?」
「ここの店員さんがイケメンだって話題になってたから来てみたんだー」
「イケメン……?」
僕は頭の中でここの店員の顔を思い浮かべる。
(徳松さんはきれいだけどイケメンって感じじゃないし、あのたまにしかいない人もイケメン……なのか? あとは……)
「ああ、庵治さんか」
一番最後に出てきた、一番正解に近い男性の顔が頭の中でウインクしてくる。
確かに庵治さんは美形だ。前に、俳優として活動していたこともあると聞いたことがあるけど頑なに出ていた作品は教えてくれないから、勝手に調べるのもよくないと思って、その事実だけ知るところで留めている。そういえば、ここがたまに地元誌やネットニュースに取り上げられる時は、決まって庵治さんが応対していたっけ。
「知り合いなの?」
「うん。ちょっとね」
「ふーん」
淡路さんは興味あるのかないのかわからないような反応をする。
「いらっしゃいませ。お冷と、試しに焼いたクッキーです。よかったらどうぞ」
庵治さんが控室の方から出てきて、カウンター越しに三人に水とクッキーを渡す。明らかに僕に対する声色とは異なる、角砂糖のような甘いボイスだ。
「あ、ありがとうございます」
淡路さんは緊張した声色でお礼を伝える。
「皆、洸太郎くんの友達?」
「は、はい」
意外にも、吉村さんも緊張しているようだった。考えて見れば、庵治さんは最近テレビで出ている若手俳優の人とは異なった雰囲気をまといながらも、同じ穴の狢感はある。矛盾したことを言っているようだけど、例えるならそれが一番的確だ。
「そっか。ゆっくりしていってね。ちょっとサービスしておくから」
「ありがとうございます」
大間さんは普段と変わらない声色で、ようやく入店後の第一声を発した。
「庵治さん、さすがに三人サービスしたらまずいんじゃないですか?」
「いいのいいの。ほんとにちょっと。ちょっとだから」
庵治さんは親指と人差し指を合わせて、こちらにウインクする。隣で息を吞む音が聞こえた。その後、三人はそれぞれ飲み物のオーダーをして、庵治さんは一度控室の方に入っていった。それと入れ替わる様に、私服に着替えた徳松さんがマイボトルをカバンに押し込みながらやってきた。
「徳松さん、今から授業ですか?」
「講義、だよ、少年」
徳松さんもさっきとは違う、オフモードの喋り方になっている。
「どっちでもいいじゃないですか」
「よりにもよってプレゼン。まだ資料の最後の方終わってないから、今から作らないと」
「間に合いますよ。徳松さん頭いいじゃないですか」
「ふふん」
徳松さんは鼻を鳴らし、右手の指を三本立てた。
「あと三枚のスライド、向こうで五分で仕上げてくる」
「……お疲れ様です」
「ふふっ。じゃあこうくんも、そのお友達も、またね」
徳松さんは、お疲れ様でーす、と控室の方に声をかけ、カウンターの上に散らばった紙をその上のファイルごとカバンに入れながら、忙しない足取りで店の出入り口から出て行った。お客さんにも見える場所に置いてていいのだろうか、という疑問はとっくの昔に考えないようになった。
「……島野くん、今の人は?」
「徳松さん。去年から入ったバイトの人」
「ふーん。だって、まこちゃん」
吉村さんが名前を呼ぶと、その体の奥でびくっと何かが動いた気配がした。
「仲いいの?」
淡路さんが早口で会話に割り込んできた。
「まあ、結構仲良い、のかな」
「なんでそれもわかってないの」
「ご、ごめん……」
「なんで謝るの」
淡路さんはお冷をグイっと飲み干して、ため息をつく。こういうタイプが一番絡む人で多いけど、あまりいい印象を持ったことがない。
「どこか二人で出かけたことはないのー?」
「うーん……庵治さんと三人で、この前一緒に行ったショッピングモールに行ったことはあるけど、二人はないかな。買い出しに付き合ったぐらい。あとは…………あ、去年にバーベキューした。でもそれは皆いたからなあ」
「なるほどねー」
吉村さんは僕の回答を聞いて、一つの結論にたどり着いたような顔をした。僕はそれを気にせずに、コーヒーの残りを飲む。
「じゃあ、三人ともゆっくりしていって」
僕はリュックを背負い、少し顔をゆがめる。やっぱりまだ痛みがあるみたいだけど、こういうのは寝たら治ると相場が決まっている。
「え、帰るの?」
「え、うん」
「なんで?」
「なんでって、邪魔じゃない?」
「邪魔って、そんなことないけど」
淡路さんは困ったような顔で吉村さんたちの方を向く。
(僕が残ってた方がもっと困るだろうし、いつものして帰るかな)
「……あれ、ここにあったはずなのに」
「何かなくしたの?」
「わっ」
いつの間にか席を立って、僕の所に歩み寄っていた大間さんに、また驚く。一度経験したからか、今回は声を出した程度でそれほど体勢は崩さなかった。
「あ、ごめん。また、私……」
「う、ううん、大丈夫! いつもここに青い紙があって、そこに印をつけて帰るんだけど」
(確かにここに来た時はあったはずなのに、一体どこに……)
僕は来てからのことを遡って思い出す。庵治さんにからかわれて、徳松さんによしよしされて、三人が来て、徳松さんが帰っていって……。
(…………あ、徳松さーん)
多分徳松さんが、自分の資料と一緒に大学に持って行っちゃったんだろう。公私混同はやっぱりよくないな。今度強く言っとこう。多分無駄だけど。
「ん、洸太郎くん帰るの?」
奥の方からホカホカのケーキを持ってきた庵治さんが、戸惑う僕に気づいてくれた。
「はい。でもいつもの青紙、徳松さんが持って行っちゃったみたいで」
「……全く、そそっかしいんだから」
ケーキをカウンターの中の机に置いた庵治さんは笑顔で顎をさする。
「で、何か用事?」
「い、いえ。そういうわけでは」
「じゃあこのケーキ、食べてってよ。もう洸太郎くんの分も焼いちゃったから」
「え……」
僕はちらっと三人の方を見て、すぐに視線を別の場所に遣る。でも結局庵治さんの期待のまなざしに目線が固定される。
「……わかりました」
「青紙は、徳松さんに連絡して書いといてもらうから。一応オーダーも保管しておくし」
「……ありがとうございます」
僕はまたリュックを降ろし、同じ席に座り直した。
「……青紙って?」
ちょっと間を置いてから、淡路さんが僕と庵治さんの間に飛び交った暗号について尋ねてきた。
「青紙は、僕がこの店に来た時に印をつける紙のことだけど」
「なんで印をつけるの?」
「最終的に、お父さんがお金を計算する時にそれを見て調整するんだって」
「お、お父さん?」
吉村さんはこれまで聞いたことがないほどの大声で反応する。思わずカウンター越しの庵治さんまで体をびくっとさせる。
「あれ、言ってなかったっけ。ここの店長をお父さんがやってるって」
「いやいや、初耳だよ! まこちゃんは聞いてた?」
大間さんは首をぶんぶん横に振る。
(そういえば、この話したのって藍野さんと二人きりだった時だった)
「子どもにお金を持たせるの、あんまり店長はいいように思っていないみたいで。せめてここに来る時は支払いは無しって話になってるんです。でもオーナーとの話の折り合いがつかなくなったらややこしいんで、ちゃんと洸太郎くんの飲食代を印につけておいて、後で調整してるんです」
ペラペラと内部事情を話す庵治さんを前に、他の三人は黙ってサービスのケーキをパクパク食べることしかできていなかった。
「要はつけ払いです」
三人は納得いったように頷いたり、そうでもないような表情で首をかしげながらまた一口、ケーキを頬張る。
「ってことは、ここが島野くんの家?」
いち早くケーキを食べ終えた吉村さんは、僕の方に少し寄って耳元で尋ねてきた。
「ううん、家はここからもう少し歩いたところだよ」
僕もなんとなく同じ声量で返した。
「そ、そうなんだ。でもここも落ち着いた雰囲気でいいよねー」
「……やっぱりお金持ちなんじゃ」
ひそひそ話が貫通したのか、淡路さんがボソッとつぶやいた。
(だからあんまり言いたくなかったんだけどな……)
「あの、庵治さん?」
「うん、庵治だけど、どうしたの?」
「写真撮ってもらっていいですか?」
吉村さんはスマホを手に持って庵治さんの方に向ける。
「ああ、いいですよ」
「ありがとうございます!」
「まどかちゃん、そういうのって親戚の集まりとかでやることじゃないの?」
「えー? でもここ雰囲気いいし、せっかく四人で来たんだから」
「……わかった、けど」
庵治さんは吉村さんのスマホをこちらに向ける。カウンター越しで写真を撮ってもらったことは何回かあるけど、家族写真とか以外だったら初めてだ。
何回かシャッター音が鳴り、吉村さんに返されたスマホを四人で囲んで見る。半袖シャツの制服姿の四人が並んでいる。淡路さんは目元に横ピースを、吉村さんはほっぺたにくっつけた手でピースをしている。大間さんは両手でピースをしているけど、表情はどこか複雑そうに見える。僕はいつも通り片手で普通にピースをしている。表情は自分でも見てもぎこちない。
「あとで送るねー……って、そういえば連絡先って交換してなかったよね」
「っていうかまどか、なんでスマホ学校に持ってきてるの?」
「今日は終業式だったし、終わってからここに来る予定にしてたじゃん。せっかくなら写真撮りたいなーって思ってたんだ」
(言われてみれば、頻繁にスマホで色々なものを撮っていたっけ)
「私、スマホ持ってないけど」
「そっか、ゆっきー持ってなかったね。じゃあ後でメールで送るね」
(……ん? メール?)
「スマホ持ってないのにメールは使えるの? パソコン?」
「ううん、ガラケー」
「へー」
「……馬鹿にしてる?」
「そっ、そんなことないって!」
「ふふっ」
淡路さんは明らかにからかいの笑みを浮かべる。距離感が測りづらい人だ。
「じゃあ二人は……って、そっか。二人も今スマホ持ってないよね」
「っていうか私、もうまどかちゃんと交換してるし。後で送って」
「そうだったね。じゃあ島野くんだけだ」
「僕は別にいいよ」
「え、写真要らないのー?」
「写真は……あんまり写りよくないし」
「そんなことないよ。かっこよく写ってるよー」
お世辞でもこういうことを言ってくれる人は信用したいけど、本当に写真写りを気にしてしまう人はあまりいい思いはしない。
「……でも、いいかな」
「じゃあ連絡先の交換はしようよ。夏休みも遊びに行こ?」
「それはいいけど、遊び?」
「うん、みっちゃんが行きたい場所あるんだって」
(夏休みもゲーム友達としか遊ばないものだと思ってた)
「ここ出てから島野くんの家行ってもいい?」
「別にいいけど、家には上げられないと思うよ? 急だし、散らかってるから」
「うん、大丈夫。連絡先交換だけ、夏休みの前にしておきたかったから」
「わ、わかった」
吉村さんの勢いに圧倒されてやすやすオーケーを出してしまった僕は、後々、庵治さん経由で送ってもらった方が良かったのでは、と気づくことになる。
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