第8.1話

 結局主導権を取り返した藍野さんに従って、僕たちはちょうどホームに来た電車に乗り込んだ。前に大間さんと商店街に行った時とは逆の、都市部に行く電車だったものの、この時間帯の電車は空いているみたいで、快速列車のボックス席に四人とも座ることができた。


「……すぅ」


 向かいの席に座った大間さんは、その隣の藍野さんの肩を借りて眠ってしまった。休日でも学校と変わらない姿を見せる大間さんに、ちょっと安心してしまう自分がいた。


「みっちゃんも眠っちゃったね」


 少し窓の外景に目を向けていると、隣に座る吉村さんの声が聞こえた。目線を前に戻して少し上げると、大間さんの頭を借りて藍野さんも眠っていた。口角が上がっているところを見ると、よほど安らかに眠れているのだろう。


「なんか、ほほえましいね」


「うん」


 隣で微笑む吉村さんを見て、本当に二人のことが好きなんだと思った。


「吉村さんは眠らなくても大丈夫?」


「うん。私は昨日の夜ぐっすり眠ったし、朝は強い方だから」


「そっか」


 僕はふと、学校の朝の放送で、よく吉村さんの声を聞いていたことを思い出した。僕の吉村さんに対する第一印象は、放送委員の人だった。朝当番は交代制らしいが、当番の人が休んだ時に代わりで放送をした実績(?)があってか、今年度から朝は吉村さんでほぼ固定になったらしい。この間泰河から委員長をやっていることを聞いたけど、もしかしたらトンデモ超人なのかもしれない。

 別に僕も朝に弱いわけではなかったし、クラスの中では早めに来る方だったけど、いつも吉村さんの声で目を覚ましていたようなものだったから、自然と僕の意識もより鮮明になってきた。


「ちなみに、どこ行くか聞いてたっけ」


「ううん、何も聞いてない」


「ショッピング行こうかなーって」


「へぇー、何買うの?」


「服とかかな。みるだけになるかもしれないけど。あと晩御飯もそこで食べれたらいいなーって」


「ふーん」


(…………あれ、晩御飯まで向こうにいたらくろころの所に行けないんじゃ)


「……どうしたの? もしかして、晩御飯代足りない?」


「え? ああそ、そうかも」


(ちょうどいい言い訳が舞い込んできた!)


「じゃあ仕方ないかぁ……」


 残念そうに肩を落とす吉村さんを見ていると心が痛む


(でも仕方ない。これは大間さんのため)


「ところで、私の今日の服装、どうかな」


 話題と感情をころっと変えた吉村さんは、黒のノースリーブの上にグレーのカーディガンを羽織った上半身をこちらに向け、通路の邪魔にならない程度に手を広げた。下は淡い水色のロングスカートをはいており、足元は赤茶色のヒールを履いている。


「おしゃれだと思うよ」


(というか、大人っぽすぎない? もはや大学生みたい。あんまり見たことないけど)


「そう? 大人っぽい?」


「う、うん」


(読まれた……? いや、気のせいか)


「そっかぁ。やっぱり島野くんはわかってくれるよねー」


「でも、誰が見てもおしゃれだと言うと思うよ?」


「そう? ありがとう」


 はにかむ笑顔が、吉村さんによく似合う。


「みっちゃんはこんな感じだし、もっとおしゃれしてもいいと思うのになー」


 僕は改めて藍野さんの姿を見る。やっぱり親近感が湧く。どれをとっても僕の家のタンスに入っているのと似ていて、それでも僕よりずっと似合っている。でも確かにもっとおしゃれな、それこそ大人っぽい服装も似合うだろうとは思う。廊下での一件を鑑みると、逆にボーイッシュに振り切ってもいいかもしれないけど。


「なんか子どもっぽくない?」


「ガッ」


 僕は思わず口をあんぐり開けてしまった。


「みっちゃんはスタイル抜群だから、もっといろいろおしゃれしてもいいと思うんだけどなー。私なんか、こんなだし」


と、吉村さんは服の上からお腹をさする。


(そんなに太ってるようには見えないけど……)


 そんなことを思いながら視線を上に向け、なるべくを見ないように顔まで飛ばすと、ふくれっ面の吉村さんがこちらを見ていた。


「これでも結構努力してる方なんです」


「それはわかるよ。吉村さんも別に太ってないし」


「……別に私、最近太ってきてーって言ってないけど」


「あ」


(もしかして間違えた?)


「いやいや、別にそんなことは思ってないよ、本当に!」


「そうだよねー。島野くんはもっと別の所見てたもんね」


「え」


「ふふっ、まあ男の子だもんねー」


「そ、そんなつもりじゃ」


「いいよ。配慮は見えたから」


(あー、弱み握られた……)


「あ、待って。そういえばご飯食べるお金ないなら、服も買えないんじゃ」


「あー、それはそうかも」


(そもそも服なんて自分で買ったの数着ぐらいだし、大体親に選んでもらってるからなぁ……)


「じゃ島野くんは感想係で」


「それはいいけど、僕は多分そういうのわからないよ?」


「まあまあ、勉強だと思ってさ。それに男子の意見って結構貴重なんだから」


「わかったけど、いいの?」


「うん、いいの」


 吉村さんは一伸びして、水着も買おうかなー、と不穏な一言を残し、スマホを触り始めた。

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