第4.1話

「あの、大間さん」


「何?」


 ようやくあの話題を切り出すことができる。


(よく考えたら、猫のこと以外で話すの久しぶりな気がする。今日は話題がある。ありがとう、先生)


「先生が、その、起きて欲しいって」


「なんで?」


「進路希望出したんでしょ? その道に進むためには、何でも授業を真面目に受けておいた方がいいらしいから」


 先生の本音は伏せながらも、その希望は伝えた。


「……そう」


 大間さんは黙ってしまった。


(こういう時は、きっと寝てる理由をみつけて、それを解決すればいいはず……)


「よ、夜更かしとか、スっるの?」


「ぷっ」


 声が裏返ってしまい、隣から噴き出す音が聞こえた。


「わ、笑わないでよ……」


「ごめん、面白くて、つい」


「もう……」


「公園着いた」


 大間さんは滑り台の陰で休んでいるくろころの下に駆け寄ろうとした。でも、すぐにその足を止めてこちらを振り返った。


「あ、そうだ。島野くん、くろころ見といて」


「いいけど、なんで?」


「お弁当食べるから」


 大間さんはベンチに座り、カバンの中から弁当袋を取り出す。


「こんな時間に? 晩御飯は?」


「……」


 大間さんはパクパク弁当を食べ始めてしまった。


「にゃー」


 僕は慌ててくろころの視界から弁当と島野さんを隠す。そういえば犬は嗅覚が効くが、猫はどうなのだろう。もし猫も鼻がいいなら、隠したところでばれるのでは?

 でも大丈夫そうだ。


「よしよーし」


「ごろごろごろ」


 小さく喉が鳴る音が懐からした。頻度はそれほど多くないものの、長く通っているからか、くろころはすっかり僕に心を許してくれていた。


「くろころ、すっかり懐いてるね」


 くろころと戯れるのに夢中になっていると、顔の隣から声が聞こえた。


「わっ」


 僕は思わずくろころを持つ手を離してしまった。しゃがんでいたこともあってか、くろころは驚いていない様子で安心した。でも、心臓はまだドキドキしている。

 右を向くと、大間さんの横顔が間近にあった。

 頻繁に瞬きで揺れるまつげは長く、目尻にあるほくろに目が行く。白い頬に仄かに赤みがかかっているのを見て、梅雨前にも関わらず夏日になったと今朝のニュースで話されていたことを思い出す。


「あ」


 くろころが茂みの方へ行ってしまい、大間さんは残念そうに声を漏らす。


「ごめん、今日はくろころ独占したみたいになっちゃって」


「ううん、いいの。くろころの気分だもん」


 それでも大間さんは残念そうだ。こっちまで悲しい気持ちになってしまう。


「帰ろ」


 大間さんは立ち上がり、公園の出口の方に歩き出した。


「えっ、ちょっと」


 僕は慌てて立ち上がり、その後を追った。


 結局、大間さんからイエスの返事を受け取っていないことに気づいたのは、その日の夜の風呂の中だった。

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