第9.5話

――― 一方帰り道、電車にて。



「いや、あの二人大丈夫か? 私達、のんきに電車に揺られてる場合じゃないとは思うんだけど。真心があんなに感情露にするのいつ以来かわからないくらいだし」


「結構まこちゃん怒ってたよねー。ふふ、ちょっと意外」


「まどかが連れまわして疲れたんじゃない?」


「それは……否定できないかも」


「だったらもっと心配になってきた。全部島野に投げちゃったから」


「まあでも、私は島野くんが原因だと思うよ?」


「うわ、あいつ孤立無援じゃん」


「だって、朝からずっと二人でこそこそ話してたし」


「え、そうだったの?」


「まさか気付いてなかったの? カラオケでもファミレスの後も、多分雑談っぽい雑談は、島野くんとしかしてなかったと思う」


「言われてみれば……でもどこから機嫌悪くなったんだろ。あんまりそういう片鱗見せてなかったと思うけど。少なくともあの香水の時は機嫌よさそうだったし。あ、まさかあの時の島野が気持ち悪かったとか?」


「光里ちゃん」


「は、はい!」


「何そんなかしこまっちゃって。別にその気持ちはわからないでもないよ。でも少なくとも、まこちゃんは気づいてほしかったみたいだし」


「へぇー、そんなこと考えるようなタイプだったっけ」


「ふふふ」



*****



―――少し前に遡り、化粧品売り場にて。



「……ねえまどかちゃん、ここ、服売り場じゃないんだけど」


「服売り場って。服屋さん、でしょ?」


「そういうのはどうでもいいから。ここ化粧品売り場じゃん。私化粧道具持ってないし、そういうの若いうちからしてたらお肌荒れるって聞くし」


「うん。だから私も化粧道具は持ってないし、買うつもりもないよ」


「じゃあなんで」


「ふふふ、まこちゃん。香水ってつけたことある?」


「つけたことないけど、まさか」


「まこちゃん、そのまさかだよ」


「えー……」


「でもね、実は私、香水デビューしたかったんだ。私よく汗かくし、ずっと気になってて。だからその一歩をまこちゃんと踏み出したいなって思って」


「まどかちゃん……わかった。でも高かったら見るだけにするからね」


「ありがとう! その時は私の分けてあげるから、まこちゃんの好きな香り探してみてよ」


「でもまどかちゃんの香水だったら、まどかちゃんの好みに合わせるべきなんじゃ」


「……ううん、いいの。まこちゃんの好きな香りだったら、ね」


「……?」


「ほら、島野くんたちも待ってるんだから、行くよ!」


「え、あ、うん!」



*****



「はぁ……」


「何? ため息なんかついて。もう降りるよ? いつまで窓の外見て呆けてんの?」


「ううん、別に」


「……心配なんだったら戻れば? まどかは明日部活ないだろうし、門限も遅めでしょ?」


「いや、いいの」


「……そう」


「……」


「……」



「………………私は気づかれなかったなぁ」


 いつもは気にならない、電車がレールの上を走る音が、静まりかけている心臓の音と共鳴してうるさく感じた。

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