可愛い鬼は誘い受け
SEN
本編
私の名前は
私たちが住むマンションの一室に無事到着。ドキドキと胸を高鳴らせながら鍵を開けて勢いよくドアを開けて帰宅した。
「華方、ただいま。疲れたから癒して」
勢いそのままに私の愛しい人の名前を呼ぶ。そうすれば彼女は優しく私を出迎えてくれる。いつも通りのパターンだった。ここまでは。
「……ん?」
返事がない。まだ帰ってきてないのだろうか。いや、華方は今日はバイトもない一日中暇な日のはずだ。買い物だって昨日のうちに済ませた。本来ならバイトを終えて夕方に帰って来た私におかえりと言ってくれるはずだ。
そもそも玄関からリビングの電気がついているのが見える。ただ、テレビの音は聞こえない。妙な静寂が私を焦らせる。もしかして、私がいない間に何かあったんじゃ。強盗に押し入られたとか、華方は可愛いからストーカーされてたとか、そんな最悪のシナリオが私の頭に思い浮かぶ。居てもたってもいられなくなった私は荷物を全部投げ捨てて、全速力でリビングに続く扉に手をかけた。
「ま、待って!」
今すぐにでも扉を開け放とうとした時、中から華方の声が聞こえて手を止めた。よかった、無事だったんだと胸をなでおろしたのも束の間、焦った声で私を止めたことに違和感を覚えた。
「どうしたの華方。なんで入っちゃダメなの?」
「えっと……ダメなものはダメ! ちょっと待ってて!」
「え……」
意味が分からない。ここは私と華方の家だ。なんで入るのを拒絶されなきゃいけないの。そう考えた時、バイト先の先輩が言っていたことを思い出した。
『私がちょっと早くバイトから帰ったらさ、カレシが他の女連れ込んでたの。女友達とかじゃない、れっきとした浮気よ浮気。ひっぱたいてソッコー別れてやったわ』
そういえば今日の私も少し早く上がらせてもらった。そして華方にはやくプレゼントを渡したいから早歩きで帰った。となると、華方からすれば私は想定より早く帰ってきたこととなる。
浮気、なんで、そんなのありえない。私はちゃんと華方に愛を伝えてきた。迷惑をかけることもあったかもしれないけど、そういう時はお互いに助け合ってきた。この部屋だって二人で一生懸命考えて決めたところじゃん。信じたくない、信じるために今すぐ確かめたい。そう思って私は彼女の制止を無視して扉を開けた。
「華方、ダメってどういう」
こと、という問いを投げかける口が止まる。扉を開けた先に浮気相手がいることを覚悟していたが、その先に居たのは華方ひとりだけ。しかし私が驚かされたのは彼女の格好だった。
足とお腹が丸だしな鬼を連想させる黄色と黒の虎柄ビキニスタイル。普段の彼女がとても選ばないような過激すぎるファッションだ。
「えっろ……」
全ての論理的な思考を置き去りにして私は反射的にそう呟いていた。
「ちょ、なんで開けるのバカ!」
断りなくこんな姿を見られた華方は私を怒鳴りつけるけど、恥ずかしがって顔を真っ赤にしてるのが可愛すぎて全く怖くない。欲望に背中を押されるまま彼女に歩み寄ろうとすると、華方はソファに投げ捨ててあった上着を羽織って体を隠して座り込んだ。
「ね、ねぇ、その格好って……」
「し、知らない!」
「知らないことないでしょ。教えて」
彼女の肩に優しく触れて事情を聞こうとする。すると彼女はゆっくりと振り返って、頬を赤くしながら泣きそうな目で私の目を見つめた。
「……笑わない?」
「笑わない」
「絶対?」
「うん、絶対に」
意地っ張りな彼女は目を潤ませながら私に確認を取る。華方が私のために何かをやろうとしてくれたなら、愛しい恋人の想いをバカにするなんて絶対にしない。私の覚悟を信頼してくれたのか、彼女は私と向き合って口を開いた。
「ふだん私って、え、エッチなこととか嫌がっちゃうじゃん。でも、恵とそういうことするのは嫌じゃなくて……でも緊張して嫌がっちゃって恵をガッカリさせちゃったってた。だから、その……こ、こういう恰好したら恵が喜んでくれるかなって……せっかくの記念日だから……」
私を見る目を時折逸らしながら、一生懸命自分の想いを伝えてくれる華方があまりにもいじらしくて、愛おしくて、彼女への愛で胸が満たされた。
「うん、可愛いよ。私のためにそういう恰好しようと思ってくれたこともすごく嬉しい。だから、ちゃんと見たいな」
不安そうな彼女を安心させるために言葉を伝えると共に頭を撫でる。すると私の想いが届いたようで、ゆっくりと上着を脱いで姿を見せてくれた。
美しい曲線を描くなだらかな肩、惜しげもなく曝された首周りは今にも噛みつきたくなるほど煽情的で、控えめながら形が整った胸はまるで美術品のようだ。美しいボディラインを描く腹部は触り心地が良さそうで、その中心に鎮座する臍が見事なアクセントをくわえていた。夏場はよく見ていたはずの生足は、冬場に私の目に触れているという事実によりより妖艶さを増していた。
そして何よりも私の反応を待っている不安そうな彼女が愛おしい。
「かわいい。私のためにありがとう」
彼女の手を取り素直な感想を伝える。すると彼女は嬉しさと恥ずかしさが混じり合った複雑な表情を見せ、私の胸に飛び込んで頭をぐりぐりと擦りつけ始めた。
「すき」
「うん、わたしも」
二人の想いが重なり合って、蕩けてしまいそうな甘い空気を作り出す。そのまま私たちはしばらくの間、この幸せな空気の中で過ごすことにした。
ほんの少しの混乱から落ち着いた私たちは一緒に恵方巻を食べて節分を楽しんだ。もちろん、華方の格好はそのままに。時折ふにふにと彼女の体に触ってみたけど、今日は特別な日だから許してくれた。そして時刻は午後9時。少しずついい時間に近付いてきたころだ。
「はいこれ」
お風呂から上がった私は、華方にサプライズプレゼントを渡した。帰った時に荷物を投げてしまったせいで傷が付いてしまったかと不安だったがなんの傷もなかった。彼女はブランド物のバッグを見て目を輝かせた。
「これ、私が欲しかったやつ!」
「うん。記念日だから喜んでほしくて」
「ありがとう!」
かなりテンションが上がった華方が私に抱き着いた。自分の格好も忘れて。ふに、と華方の肌に触れる。今まで手を繋いだり、キスしたりで恋人らしいことはしてたけど、一線をまだ超えていない。だからこんなにも露出が多い彼女と触れあったことなんてなかった。
柔らかい感触、煽情的な見た目、花のような甘い香り、可愛らしい彼女の声、五感のうち四つの感覚が私の劣情を増幅させる。そして最後の感覚を埋めるように私の本能が指示を出す。
「んっ……」
私に抱き着く彼女の両頬を掴み、半ば無理矢理唇を奪う。濃厚で甘い、私の愛しい恋人の味。これで私の五感が愛しい人で埋め尽くされた。それはきっと向こうも同じ。うっとりとした彼女の瞳を見れば言葉を交わさなくても理解できる。唇を一旦離し、呼吸を荒くする彼女を見下ろした。紅潮した頬も、熱をもって潤んだ瞳も、彼女が求めているものをありありと告げていた。
「もっと、きて……」
華方は両手を広げて私を求める。劣情を駆り立てる彼女の姿は、私の中でとある可能性を抱かせた。
「こうして欲しかったの?」
彼女に覆いかぶさり、耳元で私の疑惑を囁く。特別な日だから私に喜んでほしかった。確かにそれは事実だろう。私もそうだったし。でも、彼女にはその先の狙いがあったように思った。
「……うん。今日、恵との関係を先に進めたかったの」
「ははっ、だからってこんなことして誘って、わるい鬼だ」
「だから、退治して……?」
好きにしていい。愛しい恋人がそうやって誘ってくれている姿が、私のなけなしの理性を吹き飛ばして野獣のような本能を覚醒させた。
「何言ったって止まらないから」
そして私は彼女の要望に応え、そして自分の本能に正直になり、かわいいかわいい鬼退治に精を出した。
再犯防止のためには鬼は外って追い払うんじゃなくて、しっかりわからせて反省を促さないとね。
可愛い鬼は誘い受け SEN @arurun115
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