夢の中の出来事は正夢に
1
最近、よく同じ夢を見る。
始まりがいつも同じ。その内容までも同じ。まして、終わりも同じ。なんとも奇妙なことに、夢の中の出来事の一つ一つが酷似しているんだ。
それは単純で変な夢だ。
オレは何かを買いに行った後、その手提げの荷物を片手の指先で持つのを維持し、もう片方の余った手はポケットに突っ込み、さほど困ってはいないのだが深いため息をついて人が行き交う夜の小さな街を歩いていくんだ。
すると突然、声を掛けられる。前からでもなく横からでもなく、だけど後ろからでもない。全くの予想もつかない別方向から話しかけられるのだ。
それは真上である。声ははっきりとせず、男の人か女の人かも判別できず、当然至極その声が何を伝えようとしているのか言葉すらも判断できない。
毎回毎回、その声は何かをオレに伝えようとしている。オレは言葉を捉えようと試みるのだが、狙ったように聞こえやしない。
ともかくオレは上を見上げるしかない。首の筋肉を使い、天を仰ぐ。オレの目線の先には今まで一度も見たこともあったこともない見知らぬ女性が落ちてくるのだ(恐らく、この女性というのがあの声の主だろう)。落ちてくるといってしまったが、恐らくそれでは語弊があるだろう。その女性は、天から舞い降りていくようにゆっくりと、落ちてくるのではなく、降りてくるのだ。
目が合う。そうすると、彼女はひどく悲しそうな顔をするんだ。今にも泣き出しそうな顔で。そして、何かを伝えようと口を開こうとする。
……残念な事に、ここでいつも目が覚めてしまうのだ。なんとも間の悪い事だ。
仮に夢には決まった映像のフィルムがあったとして、それはオレ以外の誰もいない映画館で上映している、と考える。そうすると、この夢というのは映画のフィルムのように決まった事しか映し出せないのではないか。毎回ここで終わるのはフィルムがここで切れているから。だからいつも決まった始まり、内容、終わり方なのだろう。少し余談だったか。
とにかくオレは夢から醒めた。カーテンの隙間から朝日の日差しを受ける。うーんとうねりながら、細い目を開けて上半身を起こす。そして脳を覚醒させる時に、「またこの夢か」と思う。その後に必ず、彼女は何を言いたかったんだろうな、と疑問が頭の中を支配する。
そして、どうしてこんな夢を見てしまうのだろう、と別の疑問が浮かび出る。
「以上なんだが、変わった夢だと思うだろ?」
「確かに変な夢だよな」
オレのこの話を聞いてくれていた同じサークルの仲間である
「そうだろ?」
セルフサービスの氷水を喉に流し込ませ、疲れた喉を閏わした。
昼間のざわつくファミレスにオレこと
オレは相談としてなのか、それとも雑談の中の一部のお話としてなのか、おそらく二つの意味を篭めて、実に最近毎日のように見る、変わった夢の話をしていた。
「予知夢じゃねえ?」
「どんなのだよ。ある意味恐ろしくて現実に起こってほしくないわ」
ハア、と嘆息しながら背もたれに寄りかかる。
実はうーんと一つ唸ってから、口を紡ぐ。
「何度も見る夢ってさ、何かの暗示だと聞いたぜ。つまり近い将来に似たような出来事が起こるってことだ」
「似たようなって、例えば?」
実は困ったように頭を捻らせる。例えるのが難しそうだった。それもそうかな。
「多分、自殺しようと落っこちちゃった女性の落下点がお前のすぐ目の前だったり?」
「こえーよ。トラウマになるわ」
「もしくは、お前も巻き添えとか?」
「どんな展開!? オレ死んじゃうじゃん!」
ハハハと実は呑気そうに一笑した。「笑えねぇよ」と文句を垂れる。
「でも、仮にそうだとしたら何の暗示だろうな」
テーブルに肘をついて、向こうを見ながら実に尋ねた。
「俺に言われてもな……とりあえず、その出てくる女性って、どんな人だ?」
「全くしらねぇ奴。オレと同い年ぐらいの女性ってのは判るんだがな」
夢の記憶を掘り出し、その女性を思い浮かべてみた。やっぱり知らない。
「ふーん、そうか」
コーヒーを一口飲みながら、相槌を打つ。
とりあえず、この場での夢の会話は終わった。また別の話へと切り替わっていき、談笑を挟み、楽しんだ。
実と別れ、一人での帰り道を慣れた足取りで歩いていく。その間に考えていたのはもちろん夢だ。さっきからこれが頭を離れて消えない。
自宅に着いたオレは、着替えも何もせずに布団へ倒れこんだ。寝返りを打って、手を放り、仰向けでしみだらけの天井を眺めた。そして、彼女を天井に思い浮かべて開こうとしている口元を想像した。
「どうでもいい」
そう一掃し吐き棄てて、ふてくされるように横に寝返りを打って、そのうち目蓋が重くなり、睡魔に負けて目を閉じた。
――その日の夜もまた同じ夢を見た。
2
次の日、大学の講義を終え、やることもなくなってしまったのでゲーセンへ行き、今はまっている音ゲーをやって、暇な時間を潰した。
ゲーセンから出て行ったときには既に日が沈んでおり、暗くなりつつある頃だった。オレはどれだけあ
ここにいたんだよと自嘲しながら、自宅へ変える為に人が多少行き交う町を歩いた。
その時だった。オレの携帯からブーブーとマナー音が鳴り、オレのズボンのポケットを振動させていた。
誰かと思い、携帯をあけてみる。実からだった。
ナンだよと心の中でぼやきながら通話ボタンを押して電話に出た。
「何だ?」
『おーい。やっと繋がったぜ。どこにいたんだよ』
ずっと……? ああ、そういえばゲーセンにいた時になっていたような気がした。まあ過ぎた事だし別にいいか。
「どこだっていいだろ。それで? どんな用だ?」
『今日何の日か知っているか?』
突然何を言うんだろうなと疑問を持ちながら記憶の中を探る。思い当たる節は、夢の出来事と同じく見当皆目つかなかった。
『ひどいなー! オレの誕生日じゃねぇか! 友達として最悪だな』
なんとも酷い言われようだな。まあいい。
「あーそうだったか。おめでとう。じゃ」
『軽薄だなおい! 「じゃ」の一言じゃねぇよ! とにかく、大学のツレと俺ン家で誕生日パーティー開いているわけよ。だからプレゼント持って来いよ!』
プレゼント目当てだなと見えない相手に勝手に軽蔑な目を向けてから、「おう」と一言で了承した。
『じゃあ、待ってるからなー!』
ここで電話が切れた。あー面倒くさいな、と心の中で愚痴りながら来た道を戻り、デパートへ足を運ばせた。
少しだけプレゼントに迷ったが、実だし、適当なものでいいかと考え、無難にイヤホンを買い、一様店員にプレゼント用に包装してもらい、それが入った紙袋を手渡され、それを指先に提げながら片方の手をポケットに入れて、デパートから出る。そしてすっかりと暗くなった小さなこの町を歩いた。
はあ。と深いため息をついた。どうしてあいつの為にこんな出費をしなくちゃいけねぇんだよなと心の中で文句を言う。だけど、その言葉とは裏腹に、大して困っていないようだった。
すると頭がムズムズとむずかゆくなる。ポケットから手を抜いて頭部をボリボリと掻く。そして手を元に戻す。そうしながら数歩進んだ。その時だった……。
「あの……」と、突然女の人から声をかけられた。
ワッと思わず驚いてしまった。都市も都市なので街中でそのような言動をすると、周りからの目線が痛く感じる。頬を赤らめながら声の方角を向いた。何故かは知らないが、その声の主がいる方角が真上のような気がした。まあ、実際はそんなわけではなかった。ちゃんと後ろから声をかけられたんだ。
「……!」
後ろを振り向くとオレは絶句した。
「どうかしましたか?」
声を掛けてきた人は女性だった。その人はオレの反応に訝しく見つめる。しかしそんな目を気にしていられない。それよりもこの女性を見て受けた衝撃の方が何倍も興味を持たせた。
彼女はオレと同い年の女性だった。街中で見知らぬ女性に話しかけられたのだ。もしかすると、今はやりのモテ期がオレに到来したのか。そう喜びが感極まって激しく動揺してしまった。いやいや違う。着眼点がおかしい。たしかにその感情がないとは否定できないが今はとにかく違う。そんな事ではないのだ。
――彼女だ。
夢の中で随時見る女性。天から降りてくる女性。その人そのものだった。違う点を探せというのが無理難題だと思うぐらいに。
「あの……」
彼女はオレに何かを伝えようとした。
その刹那――
ガシャーン!! いや、ドゴーン!! か? とにもかくにも、並みの擬音では表せないぐらいの強烈な音が街中に轟いた。キャー、ワーという悲鳴が重ねるように響いた。それにつられてか、他のいくつもの人が悲鳴を反芻させた。
何事かと後ろを振り向く。すると数メートル咲の地点に鉄骨が地面に無様に打ち棄てられていた。
オレは絶句した。それだけでは留まらない。悪寒を覚え、ブルッと鳥肌が立った。なぜなら鉄骨が落ちた付近は、オレが彼女に話しかけられていなかったらそこら辺を歩いていたのであろう地点だったからだ。もしも彼女がオレに声を掛けてくれなかったら……。今でもオレはそう考えるとひんやりと寒気がくる。
「あの……」
恐る恐る彼女が声を掛けてきた。
「は、はい」
思わず声を上擦らせる。手に汗が滲んだ。
「おっかないですね」
いきなり世間話を始めた。ずいぶんと間の抜けた人だな、と思った。「え? あ、ああ……そうですね」まともに応えられる心境ではなかった。なにせあの下敷きになっていたかもしれなかったのだから。
「それとこれ、お渡ししたかったです」
スッとオレの前に差し出した。本当に冷静だな。と印象付けた。何事も無かったかのように話している。
「これって……」
「あなたの落し物です。さっきポケットからポロッと落ちました。だからそれを拾って渡そうかと声を掛けたんです」
彼女が事の成り行きを一つ一つ説明していく。正直な話しを言おう。オレは彼女の話を一切聞いていなかった。他のことを考えていた。
当然――夢の事だ。そして今回の事。オレは悟った。そうだったんだなと。あの夢はこの事を示唆していたんだと。
思わず声に出して笑ってしまった。公衆の面前であんなに笑ったのは初めてかもしれない。彼女は困ったようにハンカチを持ったままだった。オレは一言謝ってからそれを受け取った。その時に彼女の指と触れ合うのを感じた。
3
――その夜からだ。あの夢を見なくなったのは。
オレは部屋でぼんやりと天井を眺めていた。あれから数ヶ月が経った。オレは相も変わらず元気に生活している。オレはその染みだらけの天井にあの日のことを思い浮かる。あの日が恐らくオレの運命の分かれ道だったのだと思う。そう言っても過言ではない。今考えてみるとあの夢は予知夢とかではなく警告だったのかもしれない。オレの近い将来死に直面するという暗示をあの形で示してくれていたのだろう。
ピンポーンとインターホンが部屋に鳴り響いた。「来たか」と体を起こして玄関へ向かった。そしてドアを開けた。
「宏さん、こんにちは」
「こんにちは」
オレはあの夢に感謝している。もちろんだが彼女にも。別にあの夢を見たからどうだというわけではない。だけど少なくともアレのおかげだと信じたいのだ。あの日オレは死ぬ運命だった。つまりあの日はオレが生まれ変わった日なのだろう。
だったら、新しく変わったその人生を、前のオレの代わりに全うしてあげようではないか。
オレは照れ笑いをしながら彼女の手を握り締めた。
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