人の価値というのは

 人の価値というのはいったいなんだろうか。いや、「人の価値」というのは壮大すぎたか。誇張しすぎた表現をしてしまったか。「オレの価値」というのは一体なんだろうか。

 自分の存在の価値というのを時々考えてしまう。そんなことを考えてもしょうがないのだが、そんなことに頭の容量を割いてしまう時があるのだ。

 価値といっても、それは物では測れない。容量を得ない。例えようにも難しいものだ。もし仮になにかで例えようとするのならば、それは一体なんだろうか。


 オレはそこらへんによくいるアパレルの会社員だ。独身で、古くぼろいアパートで独り暮らしをしている。毎日朝になったら起きて身支度をして、会社へ行って仕事をして、顧客におべっかをつかって、暇な時間はただ無意味に仕事をしているようなふりをして時間をつぶし、終業時刻が迫るのを待つだけだ。そして、帰宅してもやることはないので、テレビを流したり、ただただスマホをいじるだけで気が付いたら眠くなってくるので寝て、また朝を待つ。

 時間が過ぎるのを待つだけ。ただこの一生に楽しさなど感じずに1日1日が風のように早く通り過ぎていくのを待つだけのそんな人生。

 趣味も楽しいと感じることも特にない。ぼーっとただ過ごしていくだけが強いて言う楽しみだ。

 こんな人生になんの価値があるのだろうか。オレにはわからない。


 ある日の休日にオレは気晴らしに外へ出た。ただ散歩をしてみただけだった。目的地などない。ふらふらとさまようだけである。

 駅の近くまで来て、そこにあるショップを転々と眺めていた。そんな風に暇つぶしをしていた。そして、駅の地下通路を降りると、広い空間に出る。そこである気になるものが目についた。

「だれか、恵まれない子供に寄付をお願いいたします」

 あー。よくある募金活動か。オレはすぐに目を離した。この道を通り過ぎる人たちもおんなじだ。みんな知らん顔をしている。立ち止まって、その「恵まれない子」にお金を恵んであげようなんていうあしながおじさんは存在しない。

「ん?」

 目を離したのだが、気になることが脳裏に焼き付いてしまったため、もう一度その募金活動を行う人にめをやってしまった。

「お願いします」

 声をかけたのは女性の方だった。いやに肥えており女性に対しては失礼だが、お相撲さんにでもなれるのではないかという体系をしていた。そんな女性が募金箱をもって一生懸命声を出してお金をせがんでいた。

 問題はその横で同じく立っている女の子だった。その子が気になってしまった。

 オレはつい足を止めてしまい、その子を見つめてしまった。

 それに気が付いた女性はオレに声をかけた。

「この子はね、私の娘でして、昔から障害を持っていまして、産まれつき目が見えないのです。そして、声も出せないのです。かわいそうな子でしょ? そんなこの子の為に、助けるために、お金が必要なんです。どうぞ、ぜひ、あなたのお気持ちをこの中に入れてください。お願いします」

 太ったおばさんは聞いてもいないことをべらべらとしゃべった。おばさんとは対照的に痩せこけている少女は明後日の方向を見ていた。そしてその方向へ手を差し出していた。助けを求めているような感じだった。

 オレは同情でつい財布に手を伸ばしてしまい、千円札を一枚、募金箱に入れてしまった。

「ありがとうございます」

 太ったおばさんは嬉しそうにお礼をいった。少女はなにもしなかった、いやできなかったが正しいか。

 オレはいいことをしたのかなと思ってその場を去った。


 募金活動……か。よくアフリカの恵まれない子供たちに支援をとか言っている団体がいるが、あまりというか全然信用していない。テレビとかの24時間くらいやっているチャリティー番組もあやしいものだから。

 でも、あれは個人に対して、目の前で行われている。だから、してもよかったのかなと思った。

 少しでも善人になったような気がした。だから、悪い気はしなかった。


 オレはいつも通りの日常をただ淡々と過ごしていた。

 こんなクソみたいな人生に少しでも光がともったのかな、と。人の役に立てたのかなという偽善が、「価値」というものなのかなと適当に考えた。

 ただ、「価値」といっても漠然としすぎていて、なんの指標にもならない。

 そうなんだよな。例えば募金活動というのはお金という「形」で「価値」というのを作り出しているのだろう。

 そういうことは、もし仮に「オレの価値」とはなんだろうかと考えたときに、わかりやすいのは「お金」なのだろうか。

 よく上司に言われている言葉がある。仕事で1月のノルマがあるのだが、オレはそのノルマを達成することが出来ない。そんなオレに対して、呆れた顔で言っていた。

「お前みたいな一般社員に対して会社がかけているコストは高いんだよ。お前は80万売って、それでようやくトントンなんだからよ、それ以下しか売れないやつに価値なんかねーんだよ」

 会社がオレに対してかけている費用というのはどうやらそれくらいの物のようだ。

 普段の給料は20万ほどだが、それは会社がオレの働きに対して渡す報酬だ。その「働いた価値」という指標が「お金」なのだ。

 だから、もし仮に「人の価値」ないしは「オレの価値」というものを形であらわすとしたら、「お金」で考えるのが一番わかりやすいのではないか。

 だから、オレは20万の価値の男ということか、そういうことなのだろうか。

 それが「オレの価値」というものか。

 あの募金活動で出した千円という金額。その金額というのは、オレがあの少女に対して示した千円という価値がオレへの彼女の価値なのだろうか。


 ある日のいつもの事オレはテレビを垂れ流しにしていた。そんな時にある気になるニュースを聞いた。

 どうやら、川で女の子の遺体が見つかったそうだ。誘拐されたかどうかで行方不明であった子供の死体だったそうだ。オレは物騒な世の中だなと思った。

 珍しく顔写真も載っており、その写真を見てオレは「あれ?」と思った。


 オレはまたいつも通りに散歩へ出かけた。隣町まで行って、適当に休日をつぶしていた。

 そんな時、見覚えのある太ったおばさんがいた。

「恵まれない子供に募金をお願いいたします」

 聞き覚えのある顔と声だった。こんなところでも行っていたのか。

 オレは興味を持って近づいてみた。

「よろしければ、この子の為に募金をお願いします。この子は私の娘なのですが、生まれつき目が見えなくて……」

 以前にも聞いたセリフだった。しかし、一つだけ違ったことがあった。

 隣にいる少女だった。

 この前駅で見かけた女のことは別人だった。オレはおばさんと少女を交互に見てしまった。瘦せこけている少女は明後日の方向に手を指し伸ばしていた。

 そこでオレはあのニュース番組の事をふと思い出した。

「……」

 オレは前回と同様に財布に手が伸びてしまった。

 だが、お金を出すのを躊躇した。

 太ったおばさんは「どうか」とせがんできたがオレは出した財布をしまった。

 募金活動に対して、よく素通りする人たちが多い。それはつまり、価値がないという事なのだろうか。

「……」

 オレは少女の「価値」というのを示さずに背中を向けて逃げるように足早と家へ帰るのだった。

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