迷える子羊たちに祝福を

春夏秋冬

星空は綺麗だった

 私は、友達と遊んでいる。

 今日遊ぶことになっている私の友達は1人で、名前は本条桃香という。

 昔から仲が良く、いっつも楽しくあそんでいる。

「桃香、楽しい?」

「……うん!」

 桃香は精一杯頬を綻ばせ、その表情を私に向けた。私はそれを流し目で確認する。

 桃香は、動物に例えるなら「犬」だ。何というか愛くるしい表情で、私を魅了する。いつもニコニコと笑顔が絶えない子で、まるで尻尾を振っているかのように、楽しさ、喜びを表現している。

 髪は短めで、黒髪だ。一度も染めたことがないので、自然な黒髪だった。

 私たちは小学校からの付き合いで、こうして暇な時があれば遊んでいる。小学生の時は、二人でやんちゃをしていた。その時のことを思い出すと、笑いが止まらない。

 そんな私たちも今は中学生。私は13歳で、桃香は14歳だ。桃香の方が誕生日が早い。だからいつも、先に年を取るのは桃香だ。

 11月の初旬。寒い季節だ。私たちは家の中で、遊んでいる。外は寒くて、遊ぶ気にもなれないから。

 でも、暖房とかはかけてないから、家の中も寒い。

 家は、私の家の事である。私の両親は共働きで、いつも家に帰ってくるのが遅い。そして、桃香の家は門限とか特にない。だから、長い時間遊んでいられる。

「ねえ……紗枝ちゃん」

 紗枝というのは私の名前だ。高梨紗枝たかなしさえという名前だ。

 桃香は私に話しかけてきた。小さい声で、聞き逃してしまいそうだった。

 私は「何?」と好きな漫画に目を通しながら応えてあげた。

「私、そろそろキツイの……」

 震えた声だった。体も震えていた。

「ふーん」

 どうでもよかったので、その一言だけは発してあげた。

「このマンガ読み終えるまでその姿勢、って言ったよね? 私に話しかけると時間が延びるけどいいの?」

 ページを一枚めくる。

「ごめんね」

 桃香はそれだけを言った。

「たく。椅子の分際で物言ってんじゃねぇよ」

 私たちは今遊んでいる。

 家具ごっこと言うやつだ。

 桃香が四つん這いの姿になり、その空いた背中に私が腰かけるという、至極単純なお遊びだ。

 私は楽しい。桃香も楽しいと言っていたので、お互いに楽しく仲良く遊べるいいものである。

「あー面白かった」

 読み終えた本をベッドの上へ無造作に放り投げた。

 立ち上がり、うーんと背伸びをする。目が疲れたし、座りっぱなしだったから肩はこったし、腰が痛かった。

「桃香、肩もんで。腰もね」

 と、私は命令する。

 私の優しい桃香は、嫌な顔を一つせず、私の要求に従った。疲れ切った表情をしていたが、揉む元気があるのならまだ大丈夫だろう。

「弱い。もっと強くやってよ」

 桃香の力はか細くて、私をイライラさせた。私は頭をはたいた。

 桃香は「ごめん……」と謝った。

「口を動かせる元気があるなら、さっさと手を動かせよ。クズ」

 私は、桃香を突き飛ばし、平手打ちした。

 桃香の頬は見る見るうちに赤くなっていった。

 桃香はその箇所を手で押さえながらもう一度私に謝る。

 その言動がなんとなくイラついたので、腹を蹴り上げた。

 桃香は瞳孔を開かせ、小さく咽た。腹部を抑え、痛みに悶える桃香を私は冷ややかな目で眺めていた。

「ご、ごめんなさい。しっかりやりますから……だから、暴力は……」

「何? 私に口答えするの? いつからそんな偉くなったの?」

 今の桃香はまるで怯えた子犬のようだった。小さく非力な存在が上の存在に恐れおののいている、そんなちっぽけで弱々しかった。

 私は口角を釣り上げさせる。

 桃香の怯えた表情は私の心を促進させる。

 もちろん、鬱憤がたまる。いらいらする。だけど、それと同じぐらいに悦楽が心を支配する。

 私は桃香が「やめて」と懇願しても、手を休めない。やめない。

 心の奥底の隅っこでは、やめた方がいいと、叫んでいるが、その小さい声は私に届かない。大きな声にかき消される。

「はは……」

 殴られるのは辛い。だけど殴る方も辛いんだよ。

 だから、桃香だって楽しい筈だ。私だって楽しいんだから。

 私たちは、心を共有している。以心伝心しあっている。


 だって、友達なんだから。



 私と桃香は別のクラスだ。だから、学校ではあまり顔を合わす機会がない。

 その分の、溜まった鬱憤は放課後まで取っておくのだ。それが私の一日の中で一番の楽しみだ。

 面倒くさい授業にもバカみたいな女子の付き合い。それらのイライラを晴らす。なんてすばらしい事なのだろうか。

 世の中は理不尽だ。

 上には上がいて、さらには下には下がいる。それはどういう事か。

 私は3人兄妹の末っ子。

 上の奴らが、私は憎い。

 私の親はDV親だったようだ。私が生まれてから、しばらくして大人しくなったらしい。しかし、確かに、保育園の時から、他の兄妹にはキレて暴力を振るっていたような気がする。しかし、それは私には来ない。なぜなら、私は可愛がられているから。だから、手を出さない。それはつまり、私が他の兄妹とは違うから、私は特別な存在なのだ。

 でも、私は上の兄妹から仕打ちを受ける。殴られたり、閉じ込められたり。自分たちがやられたことを私にやる。それがとても許せない。

 世の中はカースト制度なのだ。

 上には逆らえないから。そんな力がないから。だから自分より下を虐げ満足する。その負の連鎖。繋がり。

 でも、私は違う。

 私がやっていることは違うのだ。これはフレンドシップ。私たちの友情。だから桃香も許している。

 あのこは、変わり者だから。私の言う事を何でも聞いてくれる。いい友達だ。

 ――親友だ。 

 初めからそうだ。小学校の時から。私が唯一心を許せる存在。私は桃香を誰よりも理解しているし、桃香は私を誰よりも理解してくれている。その信頼関係と言うものが、友情である。


 3

「遅いんだよブス!」

 私はこの女に蹴りを入れられた。リーダー格である花村理恵という女だ。

 私は、悔しさを噛みしめながら、「すみません」と謝った。

「はあ? 聞こえないんですけどー?」

 頭をパシンと叩かれる。それでも私は黙っているしかなかった。

 4人が私を取り囲む。私は、パシリをやらされていた。なので、注文されたものをコンビニで買ってきたのだ。もちろん、自費だ。私がお金を払うように頼んでも、聞く耳を持たない。ただ、殴られたり、うやむやにされてりするだけだ。

 私は、こいつらには逆らう事が出来ない。

 前まではこんな感じではなかった。ちゃんと輪に入り、楽しく、やれていた。でも、数か月前から態度がガラリと変わったのだ。

 最初は無視から始まった。

 私がいくらはなしかけても、まるで私が幽霊のように、存在しないかのように、私を省くのだった。

 それからだんだんエスカレートしていった。私を叩くようになったのだ。どつきまわされたり、物を捨てられたり、ボロボロにされたり……。

 むしろ、無視されていたままの方がよかったかもしれなかった。でも、私は1人ではいたくなかった。だから、こう傷つけられたとしても、一緒にいるしかなのだ。

 こいつら以外に、頼れる、友達と呼べる奴なんて、桃香しかいやしないのだから……。

 私はずっと我慢していた。数で言えば、向こうの方が有利だ。だから、負けるのが目に見えている。だから私は何もしない。

 私は、その発散を桃香にしているのだ……。

 いいや。ちがう。発散じゃない。あれは……スキンシップだ。そうだ。友情だ。だから、語弊がある。そんなのじゃない。私たちの……絆だ。

 でも、私は何がいけないのだろう。どうしてこんな目に合わなければならないんだろう……。助けてほしい……。こんな人生は……嫌だ。こんなみじめな自分は嫌だ。


 どうしよう。




 私はある日、トイレに呼び出された。そこは誰も来やしない場所だった。今は使われていない校舎で、担任やら学校の先生たちは口を揃えて、そこの出入りを禁じていた。

 私は個室に閉じ込められる。外から圧力をかけられ、出ようにも出られない状況だった。

  私は「出して」と懇願する。だが、その様を笑っているだけで、私の願いは受け取ってくれなかった。

外から水が降ってきた。ホースで水を出しているようだった。私はビショビショに濡れる。下着までも濡れて気持ち悪かった。

奴等の手は緩むのを知らなかった。今度は、トイレットペーパーが投げ込まれた。

 その次に私はようやく外にでられた。正しくは引きずり出されたが正しい表現だ。私は掃除用のモップで叩かれたりした。

「汚い」そんなことを言って私をそれでこすったり、便器用のブラシを顔へこすりつけたり、そんな事をされた。

  私は泣きじゃくっていた。もうこの苦痛から逃れたかった。誰かの助けを期待した。でも、そんなのはありえない。誰も来ない校舎。教師が来れば問題が発覚するのだが、役に立たない。

 誰でも良かった。私は助けを願う。

  その時だった。

  思わぬ人物が、助けにきてくれたのだった。


「やめて!」


 それは桃香だった。

  桃香は私に覆いかぶさり、必死になって守ってくれていた。

「......桃香、どうして?」

 私は混乱した。いつもいじめていた桃香がいじめられている私を庇ったのだから。

「キモいんだよ!」

  桃香に蹴りがいれられる。桃香は小さな悲鳴をあげた。桃香も私と同じようにいじめの標的にされた。

 私たちはその後、あいつらが飽きるまで、サンドバッグとなった。

 あいつらが去り、私と桃香だけこのトイレに残された。

「桃香、とうして? どうして私なんか?」私はそう尋ねた。すると、桃香はこう答えるのだった。


「友達だから」


 私は目を大きく見開いた。

「私にとって紗枝ちゃんは、かけがえのない友達だから」

  私は急に目頭が熱くなった。涙がこぼれ落ちた。

「こんな私を、友達だと言ってくれるの?」

「当たり前だよ!」

  私は涙があふれ出て止められなかった。

「ありがとう」

  私は桃香に抱きつく。そして、桃香の腕の中て泣き続けるのだった。



5

 私たちは二人で夜道を歩いていた。私たちの中に会話は尽きることがなかった。出会った当初のように明るく会話が出来た。新鮮味があった。私は嬉しかった。そして、改めて、自分のしてきたことがどんなことだったかを認識した。

 私は桃香にはもう二度としないと誓った。そして、これからも良き友達でいよう。そう二人で誓った。

「桃香は、どうして私を?」

「紗枝ちゃんは、心の優しい子だって知っているからだよ」

 桃香は笑う。私は照れて、顔を背ける。

 駅のホームへついた。そして、電車を待っていた。

「遅いね」

「そうだね。でも、もうじきだよ」

 桃香はそう言った。ホームは混雑していた。帰宅時間のピークだ。

 私たちは黄色い線の前で並行して立っていた。

「電車が来たみたいだね」

 桃香が言った。その通りだった。遠くからライトを照らし、こちらへ向かってくる。私はそれをただただ眺めていた。

 そうしていると、誰かに背中を押された。私はバランスを崩し、前に飛び出してしまう。私を押した人は相当力が強かったのか、大きく飛び出るのだった。

 不意をつかれたこともあって、私は線路の中に落ちてしまった。迫りくる電車をただ見守ることしかできなかった。

 私は見上げた。するとそこには、にっこりとほほ笑む桃香がいた。そして数文字の言葉を告げる。だがその言葉は伝わらなかった。口が動いているというだけしかわからなかった。そして、桃香は小さく手を振っていた。嬉しそうに。私はそれを目に焼き付けた。

 ドン! という音と共に私の体は激しく引きちぎられた。肉片が飛散していく。

 輝く星空の下で私は飛ぶのだった。


 私は紗枝の死を見送った後、駅を離れた。紗枝が飛び込みをしたために電車は止まってしまった。なので、徒歩で帰る事にした。

 電話が鳴る。私はそれに出た。

「理恵ちゃん、どうかしたの?」

 私はいつもの調子でそう言った。

『今日はごめんね。ちょっとやりすぎたかな?』

「ううん! そんな事はないよ。協力してくれてありがとう」

 私はお礼を言った。明るい声で相手に伝えた。

 私は歩きながら、理恵ちゃんと会話をする。そして、結構長く話してから通話を切った。

 私は辺りを見渡す。だれもいないか確認を取った。そして、「やった!」と両手をあげて大いに喜んだ。

 スキップをする。今日はとても良き日だ。最高のモノを見られた。

 私は「ざまーみろ!」と天に向かって叫んだ。

 見上げた星空はとても綺麗に輝いていた。


 

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