第4話

 家についたら真っ先に猫が迎えに来て、おかえりと言ってくれた。物凄く心がむず痒い。

 エイプリルはそのまま私を引っ張って、脱衣所に向かった。静かなまま蛇口をひねり手を洗う。それを終えると私も続けて洗った。

 手を拭き終えると、彼女はまた私の手を引っ張ってリビングに向かう。

 猫は今までの事を知っていたわけではないので首をかしげながらただ着いてきていた。

 リビングに入ると真っ直ぐに白くて大きな椅子のところまで歩いてから座った。食べる時の椅子とは違って柔らかい。

 座ってもずっと静にしている。手は冷たくさっきよりもぎゅっと握りしまった。いつもと違う様子に猫はエイプリルを舐めたりするが、全く反応がない。

 あの事は、また忘れても仕方ないくらい処理するのが難しいだろう。

 夜になるまで猫はずっとエイプリルの手を舐めたり、肩に乗ったりしていた。



 扉が開く音がし母親の

「ただいま」

 という声が聞こえた。それに返事をしたのは猫と私だけ。

 良いものが買えたわ、とるんるんした声でリビングに入ってくる。リビングに入ると両手で抱えきらんばかりの食べ物を床に置いて片付け始めた。

 静かなままのエイプリルの方を見てみると目にたっぷりと水が溜まっていた。私の手を何回か握ったり緩めたりもし始めている。

「そうだ、今日はね果物を余ってるからって貰ったのよ。ジャムジュースを作るから明日から飲めるわよー」

 と奥から母親が片付けながらこちらに優しく話している。猫はジャムジュースという単語に、うぇぇという顔をしていた。


 とうとう彼女の目から1滴、涙がこぼれ落ちたとき、勢い良く立ち上がって母親の所へ走って行った。

「おわ…」

 その際、膝の上に居た猫が落ちまいとこちらへ飛び乗った。こちらの膝に乗ってからすぐエイプリルの方へ首を伸ばして見ている。

 母親は突然後ろから抱きつかれて驚いていたがすぐにエイプリルの頭を撫でた。その暖かく優しい感触に、エイプリルは思いっきり泣き出した。

 猫はそれを見て慌てていたが、母親は何も聞かずにただ抱きしめ返して頭を撫でている。

 こういう蓄積があるからここにも暖かい思い出が何年経っても残るのだろう。



 あれから泣く事も落ち着いた頃。白湯を飲みながらエイプリルは

「明日、アイリスのお墓に行きたい」

 と言った。

「!!!。エイプリル、声が出るようになったの?話せるの?」

「…うん。いろいろ思い出した。忘れていた罪悪感ともうアイリスと話せないのが信じたくない。ねえ、お母さん。犯人、苦しんでくれるかな?死にたいって願うくらい苦しんで痛い思いしてくれるかな?」

 苦しんでくれるか、その最後の問いには母親は何も言えなかった。あそこの家族はたくさんの良い想い出がある。個人としては、もちろん苦しむし苦しまなきゃおかしいと言いたい。だけど、それを言ったらまだ死を処理しきれない彼女はどうなってしまうか。

 だからと言って、そんな事を望んではいけない、恨みは自分を辛くするだけだなんて言えない。

 何も言えない。

 それを気づいてか知らずかエイプリルはもう一度、明日お墓に行きたいと言った。

「分かったわ。明日、行きましょう」

 その返事に軽く頷いた後、ぎこちなく笑って

「…あと、ジャムジュース私も作る。それから歌を続けるためにお仕事お手伝いしたい」

 と言った。

 その言葉に母親は目を見開いた。思い出してからも歌を続けると思わなかったから。彼女の中で驚きと嬉しさがごちゃまぜになって、出ていない唾を無理やり飲み込んだ。

「じゃ、じゃあきちんと計画たてないとね。悪いところに売り込んだら危ないから」

「うん……うん……」

 あまりにもぎこちないが顔が笑顔になっていっている。エイプリルはエイプリルなりに進もうとしている。それは全く知らない猫も感じ取っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る