第2話

「…うう」

 あの坂道を登って少し歩いたまではよかった。気になっていた場所に着いた途端、映像がなだれ込んだ。記憶も想いも全て。

「楽しい場所だったんだよ」

 息を深く吸っては吐いてると音楽教室の家がそう言った。

「…昔は…。今は誰も居ない。強盗殺人にアイリスの両親も病や自ら死んでしまったりしてね。犯人も捕まっていないし。ああ、周りはなんで勝手なんだろう。もうここには誰もいないのに、悪い噂をたてていく」

 はあ、とため息をついた。家からもれでる寂しさ。あのどんよりとした後にはその寂しさは私の心によく沁みる。

 あの事件があったということはエイプリルにはきついのではないか。

 そう思い振り返って探すが居なかった。

「お家さん、また来るね」

「またね、お嬢さん」


 来た道を戻ると、エイプリルは坂道を降りた先で空を見ていた。

「エイプリル、先に行ってごめん」

『…あ…』

 無意識に出たであろうその声からしばらく経ってからこちらを向いた。

『ごめんね、いつもそこの坂道登ると吐きそうになるの。幽霊が居るって噂もあるし…それかなぁ』

 と無理して笑顔で話す彼女は凄く痛々しい。

「戻って出会った所を探索したい」

『うん!任せてよ!私、詳しいんだから!』

「それは楽しみ、また美味しいのあるかな」

『んーあそこからちょっと曲がったらあるよ。それかジャムジュースの時みたいにどこかの家が作ってるかもしれないわね』

「じゃあ、さらに楽しみ!」



   ———


 残念な事に今日はどこの家も何も出していなかった。

 二人で何もないねーなんて言いながらそのまま歩いていった。

 出会った場所は相変わらず人が多い。前の時に慣れたと思っていたが、全然駄目だった。もしかしたら前の時よりぶつかっているのかもしれない。エイプリルの方を見て真似をしようにも見ることすらできなかった。

 もういいや…とさえ思ってきた。ようやく出た頃には心がくたくたになった気分になっていた。

 出た先は家の代わりに店が並んでいる。どこの店も人が楽しそうに話しながら食べたり飲んだりしていた。それを見ているだけで楽しくなってくる。

 ここまで連れてくれたエイプリルは少し先に行って、うんうん言っている。時折小走りして別の店を見ては戻ったりもしている。と思ったら、あ!と言って向かい側の店に向かった。

 店の中に入ると見たことのない、この辺の雰囲気とは全く違う物などが飾られてあった。

「ここ、他と違うきれいさだね」

『そうなの!この街はね海がないからって店主がこういう内装にしたの。海を持ってくるのが子供の頃の夢だったらしくてね、可愛いわよね』

「可愛い…うん、可愛いね店主。だから見た事がなかったんだ…ここにはないなんて…」

『あ、食べ物は私が適当に頼んでおいた方がいいかしら?』

「うん、文字は読めるけど内容がわからなくて…」

『わかったわ!いろいろな味の物を頼むわね!』

 そう言って慣れているのか人を呼んで頼んでいった。

 そう、頼んでいった。店の人というのは私と進んでいる時間が違うのだろうか。他にも待っている人がいるというのに、そこに料理を運んでいたりしているのに、エイプリルと少しの間、物の名前などを教えてもらっていると最初の料理が運ばれてきた。

「来るの早い…」

『私も不思議なのよね…事前に何かしら作っているとはいえこんなに早く作れるものなのかしら』

「すごく早く動けるのかな」

 なんて言ってから変な顔して顔を見合わせているとまた次の料理が運ばれてきた。これではテーブルから溢れそうなので、急いで料理を食べた。

『これはね、本来は手で持って食べるんだけど…この店のは好きなように並べてこうやって挟んで…ナイフとフォークで切って食べるのよ。だから他の店のもの

より高さじゃなく広さがあるの』

 ふむふむ、と思ってナイフとフォークで食べ物を並べて挟んでいく。見ていたよりも難しく落ちたり割れたりした。ジャムジュースの時よりも難しいかもしれない。随分と歪な形に出来上がったものを切っていく。が、これも難しく、ナイフを持っていた手が左右にぐにゃぐにゃと揺れた。

 ぼろぼろとあちこち壊れながらフォークを刺して口に放り込む。入れて1噛みした瞬間、意識が口の中に集中した。ザク…サクサクっと音を立てながら歯が入っていく。真ん中のお肉らしき所に歯が入った途端、味がはじけとんだ。

 ガツンと来る濃い味、肉全体に混ざっているピリッとする何か。それを挟んだサラダたちが優しく包む。

 思わず、うんうん、と頷きながら声が出るほどに美味しい。

『これね、ここのお店の秘密レシピなんですって。ほら、このお肉。肉だけじゃこんなに濃厚な旨味が出ないみたいなのよ。何を使っているのかしらね…』

「意外と野菜とかかなあ」

『どうやらそうじゃないみたいなのよ。本当に不思議な店だわ…』

 それはたしかにそう思う。現に食べている今でも頼んだ料理が全て運び終えたり、他のお客の料理も運んでいる。中ではいったい何が起きているのだろうか。

 半分食べ終えた頃、どこかでガガッと音がした。数回ほどそんな音がした後には、曲が流れ始めた。それはこの店の内装の海にぴったしな音の流れだった。

『あら?直ったのね、レコード。ここは本来、音楽家志望や歌手志望の人が歌ったり、今日みたいにレコードを流しているのよ。レコードは海外の歌だから歌詞は分からないけど、この店の雰囲気によくあっているのよね』

「そうなんだ?本当にいい店だね。料理がさらに美味しく感じるよ。海ってこんな感じなのかな」

『そう!良いでしょ!ここ、私のお気に入りなのよ!んー、海は何度か見に行った事があるけど、この壁の絵とそっくりよ!砂浜はもう少しまぶしいけど』

 歌が始まった。なるほどたしかにこことは違う言葉だ。音楽が始まってからはさらに海で食べている感じがしてくる。時折外から入ってくる風が気持ち良い。

「そういえばエイプリルって海が好きなの?それとも店の味?」

『味も好きだけど海が好きなの。砂浜から見ているのもいいけど、私はやっぱり海の中が好き。いつかわた……私、海の中で歌ってみたいの。海の中は息ができないから他の方法で、なんだけどね』

「海の中かあ。いいね。歌うの楽しそう」

『…うん、絶対そうよ…』

 さっきまでとは違って顔が暗くなった。きっと忘れている中に理由があるのだろう。思い出したくないのに思い出したのか。今彼女が知りたくないというのならそうしよう。なんなら忘れたままの方がいいのかもしれない。

「…ん…これも美味しい!」

『あ、それね、これを潰したらさらに美味しくなるのよ!』

 いくら美味しくても楽しくてもそれを紛らわせるのはできないに近いのだろう。笑っているが悲しいのがひしひしと伝わる。彼女の中ではいろいろな感情がたくさんぶつかりあっている。それが痛いほど感じる。



 そんな不思議な、もやもやとする昼ごはんを終えた後。

 エイプリルが続きを教えようとしかけたとき、彼女は話すのをやめてこっちを向いて私の顔を見た。

 その表情はなんとも言えない、いろいろな感情が混ざっているような何もないような感じだ。

『私、吐きそう。助けて』

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