第8話
エイプリルはたくさんの事を知っていたようで、食べながらたくさんの事を教えてもらっていた。いや、ほとんどは知っていたはずのものに気づいた・・・思い出したと言う方が当てはまるのだと思う。まあ、本当に知らないこの国特有の事に関しては本当に学んではいるが・・・。
知っているのにその記憶について認識していないのだろうか。それはなんとも歯痒くも感じるが、特に気になる事はない。
食べ終えてからもお風呂まで時間があるのでリビングを歩きながら教わっていた。
30分くらい経ってからだろうか。時計を見た時が曖昧なので分からないが、そのくらいの時に父親が猫と一緒にリビングに入ってきた。
猫は父親の腕の中で、ほやーと言いながら溶けている。
「凄い気持ちよさそうな顔してる・・・」
『ふふ。お父さんったら猫のために勉強して練習していたからね。前にこの家にも猫が居たんだけど、後半はよく懐いてたよ。マッサージ師として』
クスクスと笑いながら父親のもとへ歩き猫の頭を撫でる。
「あら、あなた終わったのね」
洗い終えてエプロンで手を拭きながら母親がキッチンから戻ってきた。
「猫ちゃんの寝床用意してくるわね」
「いや、後は僕がしておくから電話しておいで。まだやる事があるって言ってたじゃないか」
「・・・・・・・・あ!忘れてたわ!エイプリルたち、続きはもう明日!もうお風呂に入って寝なさいね」
と言い終えると走っていった。扉を閉める事も忘れているので相当な用事なのだろう。
___
体がゆさゆさと揺られる。
『起きる時間だけど、起きられる?』
「…ん……」
『服、隣に置いておくね。パジャマみたいに着る事ができるから。分からなかったら、パジャマを着てリビングに来てね』
隣で物を置く音が聞こえる。その後優しく私の肩を優しくポンポンとたたくと部屋を出る聞こえた。それら全てが優しく、起きた時の心に心地よい。
目をぱちぱちさせてゆっくりと開けていく。部屋の中に柔らかく入る光はどうしてこうも気持ち良いのだろう。
体をゆっくりと起こし、体を伸ばす。
手こずりながらもボタンを外し、パジャマを脱ぐ。失敗してぐしゃぐしゃになってしまった。それを直し、用意してくれた服を頭からくぐる。これもまた難しく、変な所に腕がはいったり、前後反対になったりした。
それも何回もしてやっと成功させて、また手こずりながらボタンを閉める。幸いな事に、胸の下から先は閉められているのでパジャマの時より時間はかからなかった。
どこもおかしな所がないか見ていく。昨日、エイプリルが言っていたワンピースだ。間違えて2着買ってしまった物らしい。
薄いミントグリーンがとても綺麗だ。上はシャツのようにピシッとしているが、下は少しだけふわりとしている。お腹にある布でできたベルトから切り替わっているようだ。首元にはシャツと同じ白い襟がついている。長さは膝丈だから歩きやすい。
前も後ろも違和感はないのできっと大丈夫だろう。
部屋を出て階段を降りリビングへと向かった。
話し声が聞こえるので静かに扉を開けた。母親は別の所に座って父親に質問している。父親といえば、器用なもので、母親とエイプリルの話にきちんと返事をしている。
「ゆめみ」
「…えっ」
猫がいないなと思っていたらいつの間にか足元にいた。
「人間は食べる前に顔とか歯を磨くみたいだよ。こっち…」
と言って歩きだした。リビングからはさして遠くない脱衣所に入っていく。
「よっと…」
猫はその場から軽々しく洗面所に乗った。狭い足場だと言うのにこれまた器用に歩く。
「ここの人たちはどうやら、この黄色い入れ物に…この液体を一滴入れて水をいれて、がらがらぺってしていたよ」
猫も猫で器用すぎる。話しながら歩いて手を伸ばしていた、と思ったら一滴入れると言っていた時は上の物に届く様に体を伸ばしていた。
あまりの凄さに固まって猫の事を見ていると、私に飛び乗って頬を舐めた。
「………あ…ありがとう。これに…」
ぼそぼそと同じ事を呟きながら手を動かしていく。どこまでやるのか分からないので、コップの中の水がなくなるまでやった。口の中が物凄くさっぱりとする。昨日のサラダにかかっていたドレッシングとは違う爽やかさだ。口の中に入れて出すのは違和感だが、でも不思議と飲みたいとは思わない。
顔は水のまま洗うらしく、服に飛ばないよう静かに洗う。猫がどこからか出したタオルで顔を拭いてもう一度リビングへ向かった。
静かに扉を開け中に入る。両親はもうどこかへ行っているらしく、エイプリルが洗い物をしているだけだった。
猫が、ここ、と言った場所に座る。
「昨日みたいにして食べてたよ」
と言ったので「今日一日に感謝して…」と呟いてサラダを取り出した。
昨日とは違って味が強い。何か香り高いピリッとする爽やかな粒が入っている。目立たない食べ物かと思っていたけど全く違う。
美味しいものは顔が勝手に笑顔になってしまうんだなあ。幸せという感情はなんとも不思議なものだ。
次に赤い液体のような固形のような物を器にすくって食べた。
「んま」
またもや顔が笑顔になった。色々な食べ物が潰されていて、さらに柔らかいので噛みやすい。もはや歯はいらないんじゃないか。大元はあっさりとしているのに、でもこの潰された物はしっかりと味がついている。優しい酸っぱさとガツンとくる香り。そしてそれらを野菜なのか旨さが綺麗に包んでいる。温かいが熱すぎないのでお腹にも優しく感じる。
『あ、起きてたのね。おはよう』
と言ってエイプリルは私の頭に口をつけた。
「お…はよう」
『ああ、さっきのね。キス。家族にだけ挨拶に頭やおでこにキスするの。ゆめみも友達だし家族みたいに思ってるから』
最後の方はほとんど、眉を八の字にして静かに笑ったのであまり聞き取れなかったが良い事なんだろう、きっと。
『あ、それね、皆毎日食べるって言われてるくらいよく出るの。野菜が溶けるまで煮て、歯応えのある物と潰すととろみがつく物を混ぜるの。潰すのは家庭によるけど。ああ、大変だから今では少しのお湯と混ぜて煮込むだけなんだけどもね』
「たしかにこれなら毎日食べられるよ」
『でしょー』
食べやすい分、すんなりとなくなってしまったので次の物を器に入れた。その時もエイプリルは色々と教えてくれる。
1人で食べるのはもちろん、誰かと食べるのも楽しいものだ。
___
『今日はどこか行くの?』
食べ終えて歯を磨いてソファで一休みしていたところでエイプリルは聞いてきた。んーと何となく考える。猫は見つかったし…特にない気もするが何となく、行くあてもないが歩きたい。探したい何かがあるがないような気もする。
「何となく歩きたい。なんか、うーん。気になる何かがある気がする」
『私も行くわ!迷子になったら大変なんだもの!』
エイプリルは立つと猫を優しく撫で、行ってくるね、と言った。猫も、いってらっしゃいと返す。
さて、どこを歩こうか。
『その気になるものって何か分かる?』
「うーん。ない。そもそもそれがあるのか、はたまたただ外を見たいだけか…そのくらいあやふやで…」
『そっかあ。じゃあとりあえず歩いてみよう』
その言葉に、うん、と呟いて歩き出した。
なんとなく角をまがったり、少し坂になっている所を歩いていく。あるのは家ばかりで、やっと店みたいなものを見つけたと思ったら教室と書いていた。
「あ、角何回曲がったっけ…」
『大丈夫よ。この辺なんて小さい頃からよく知ってるから。馬車に乗っても分かるわよ』
「え、そうなの?凄い!!こんなに遠いのに!」
『え?そんなに遠くないよ?今でも子供の頃の友人とばったり会いやすいもの』
「そうなの?」
うんうんと頷く。そういうものなのか。でも安心だ。それならもう少し歩ける。
家に居た時とは違って何となく近づいている気がする。気になる場所がある。
少しまっすぐ歩くと、その場所に向かう小道が続いていた。
けれど行ったら行き止まりで左右に分かれている。右にはまた場所へ近づきそうな分かれ道があったので向かう。しばらくは曲がったりするものの道なりだった。それを過ぎた後、少し大きめの坂道が出た。
大きいだけあってちょっときつい。それも頑張って歩いていくと、気になる場所を見つけた。
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