第7話

『あ!帰ってきた!!ここよ!』

 エイプリルが家族と一緒に庭から出て手を振っている。

「あら!本当だったのね!」

「部屋は狭いが大丈夫かね?」

 など彼女の両親も話し始めて一気に賑やかになった。

「疲れたでしょう、さあお入り」

 と母親が私の背中に手を当てて言う。

「あっあの、この子も一緒に…」

 隣で猫も、お願いします、とお辞儀をした。

『あら?例の猫ね、いいと思うけど』

「随分と細いわね、前の猫のベッドでよければ入りなさい、かわいい猫ちゃん」

「と、その前に猫ちゃんと僕は先にお風呂にするので先に食べておいて」

「わかったわ、よろしくねあなた」

『さ、早く早く!ゆめみ!』

 早くと言って腕を引っ張るものの優しく、私の歩幅に合わせてくれている。先程の背中に当ててくれた手といい、母猫の話し声といいなんでこうも安心できるのだろうか。暖かさというのか、何かが心に流れてくるような感じだ。

 庭を抜け、家の中に入っていく。入った瞬間、外の香りと違って思わず深呼吸をした。心が荷物かなにかをおろしたような感じがする。

 後ろから母親が大声で、手を洗ってから食べなさいよ!と言う声が聞こえた。

 どこで洗うのかわからないので、引っ張られるがままにされていると、そのまま大きな部屋の奥に進んだ。

『ここはリビングって言ってね。ほら、あの大きなテーブルに食べ物を置いてご飯を食べるの。でも手が汚れてるからこっち!』

 大きな物に囲まれている中を入り、立ち止まったと思ったら何かを触りだした。

『この蛇口をひねると水がでるの。これで洗ったらここにある手拭きタオルで拭くの』

 言われるがまま手を洗って拭いてみると、とてもさっぱりとした。洗うまで全く気が付かなかった。いや、慣れていたというのか。洗ってやっと手に色々とついていた事に気づいたという感じだ。

 そのまま戻り、さっき通り過ぎたテーブルにつく。母親はもう戻っており、座ってすぐに「じゃあ皆さん今日一日に感謝して食べようね」と言った。

 目の前には、美味しそうな草や茶色い物や液体など色々と置かれてある。

『ゆめみ、こう使ってサラダを入れるのよ』

 と器用に先端が丸いのとギザギザに尖った物でサラダを取り出した。

 ──あれ、なんで私、サラダの事を草だと思ってたんだろう。

 また知ってたはずの言葉を認識して、心が嫌にざわりと撫でる。

『はい!できる?』

 とりあえずその事は置いておくとして、エイプリルからそれを受取り同じようにしてみる。

 その2つの物は意外にも噛み合わずうまく行かない。滑る時もあれば、力が強すぎると段違いみたいにもなる。だからといって力を入れなければ、皿に移すまでの間にボロ、ボロ、と溢れる。

 ジャムジュースを飲んだ時よりも難しい。

『あらら、ふふ、私がするわ。私も最近やっとできるようになったから』

「そうなの?これ凄く難しい…」

『何回も失敗してるとコツかよく分からないけど、そういうのが分かるようになるわよ』

「え、ということはこのサラダみたいに、たくさんのサラダが犠牲になってきたの?」

 一瞬、彼女は手をとめ口元に笑みを浮かべながらこっちを見たと思ったら、思い切り笑いだした。

『違うわよ!紙を千切ったり、土で練習したの!そんな事したらサラダ接近禁止令が出されるわよ』

「……あっ…それがあったね」

 たしかに考えてみたらおかしなことだ。わざわざ汚れない練習方法があるのに。それに気づいてからは自分も笑っていた。

「ありがとう」

『いいのよ』

 チラリと少し、エイプリルの方を見て食べ方を学んでからサラダを口に入れる。

 それぞれが食べやすい大きさに切られているサラダは、尖った物にすんなりと刺さった。

 口の中でしゃくりしゃくりと音がする。味は軽くつけられており、あっさりとしているのでサラダの本来の味の邪魔をしない。鼻を爽やかな香りが通る。

「・・・ありがとうね」

 しゃくしゃくと楽しんでいると、彼女の母親がぽつりと呟いた。口をそのままモグモグしながら母親を見ると、暖かい眼差しでエイプリルの事を見ている。

「よろしくしてあげてね」

 なんてあまりよく分からない事を優しく言うので、とりあえず頷いておいた。

「ところであなたのお名前は?」

「多分、ゆめみ」

 そう・・・、と言いながら母親はサラダのおかわりを器から取り出す。

「ゆめみさんって旅人になってからどのくらいなの?その…こうなってから…と言うべきかしら…」

「ついさっきからかな…家を出て最初に猫に会って動く小屋や…エイプリルに・・・という感じで」

「あら!そうなの?だったら色々と分からない事だらけよね」

 これは…と母親が続けようとした所で、隣で叩く音が聞こえた。見てみるとエイプリルが目をキラキラさせて私達を見ている。もう全身からキラキラがにじみ出ている。

『だったら私が教えるわ!』

 なんとなく頼りある顔でそう言った。

「あら、エイプリル、張り切っているのね。きっとこのフォークの事も知らないだろうから教えてあげて」

「うん・・・お願い」

『任せてよ!』

 そう言い終えると同時に、ふーんなんて声が聞こえそうなくらい胸をはっていた。

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