第6話
ほんの少し探すだけだと思い、疲れかけの足を動かしていたが随分と歩いていたようで、足の痛みに気づいてやめようと思った頃には辺りは暗くなっていた。
道を覚えながら歩いていたので戻れる自信はあるし、いざとなったら誰かに聞こうとも思うが足の痛みもあってあの家が遠く感じる。
今までこんなに遠いと感じた事はあっただろうか。何回か角を曲がればすぐなのに動く小屋に乗りたいとも思う。それに一人だということが余計に道を遠く感じさせる。
少しずつ暗くなっていく空と心が同期しているようだ。
ゆっくり数歩歩いては足を止め上を向く。進んでいるのかも分からないそれを繰り返す。
はあ、と重く出るため息に、どうしたの、と返事が返ってきた。後ろを向いてみると探していたらしき猫が足元の近くに居た。こちらを見る顔はげっそりとして――でも眼光は鋭く強そうな――体は全体的に小さく骨と皮に毛皮がついているように見えるが、だからと言って侮ったらこちらが餌にされそうな感じだ。母猫や他の兄弟猫とは違って大変なところにいたのだろう。
「リズから頼まれた事があって…」
疲れて気力なく言った言葉は届いていたか不安だったが、相手はきちんと聞いてくれたようで耳をピクピクさせた。
「!!。その猫、手にこんな模様ついてた??」
と猫は目を輝かせて手のひらを見せた。そこには同じ模様がついている。
「うん。愛してるって伝えてって言ってた」
そっかそっか…と今度は目をうるうるさせている。その猫も、この近くにいるの?と聞いてきたので、多分遠いと答えると同じように、そっかとつぶやいた。
「君はいつここを出ていくの?」
「…?いつか出ていくの?私」
「うん。君たちみたいな子はいつの間にかどこからか来て、しばらく生活しているうちにどこか行くんだ」
うーん、と考えてみるが心当たりは全くない。どこかに行こうという気持ちが全くもってないのだ。
「多分まだどこにも行かない」
「そっかそっか」
とはにかみながら言う。
「……」
「……」
そこからはなんとなくお互い黙りこくった。少し別れのタイミングを言うのがズレただけで少しモゾモゾする。相手を見てもいいのか、いや、それはそれで話しにくい。かといって目を反らしても話しにくい。話すのを考えれば考えるほど難しくなっていく。
どれくらい経ったか。あまり周りは変わってないので数分ですらなさそうだが、やっと
「…ぁゃ…」
と声が出せた。本当は、あの、と声をかけたかったが…相手は普通に反応してくれているので多分大丈夫そうだ。が、その先を考えていない。必死で考えた結果「家来る?」という言葉がでた。
自分の家じゃないのに、それじゃあそろそろ行くね、と言えばいいのに、何かやってしまったという気持ちが強い。
「え、あ、え、う、うん」
などと相手も戸惑っている。
お互いぎこちなく、おずおずと歩き出した。
物凄く気まずい終わり方だったのに、それでもどうしてか誰かが居ると、さっきまで遠く感じた道のりが今では近くに思う。
痛かった足も、痛みながらももっと長く歩ける気がする。
「…あ、ねぇ、猫って何食べるの?」
なんとなく、静かに横を歩く猫を見て思った。私と同じ物を食べるのだろうか。あそこのジャムジュースは好きなんだろうか。
「新鮮な肉とかだよ。食べれそうな物なら人間の落とした物も食べてるけど…危険な物もたくさんあるから」
「危険なんだ…じゃあジャムジュースも…」
「あんな濃いもん飲んだら逆に喉が乾いてしまうよ!前に喉が乾いたから、溢れたジュースを飲んだ事があるけど最悪だったよ。あまりの乾きに死にかけたもん」
「え!?」
「体の大きさとか作りが違うからね。僕達からしたらなんであんな濃い物飲めるか不思議だよ。なんであれを笑顔で飲めるの」
「うーん。私達からしたらあれはちょうどよくてゴクゴク飲めた…んー…なん…ふふ、なんでだろ」
たいして変わらないように見える猫と私は、実は随分と違う事がおかしくってついつい笑ってしまった。猫は、最初こそ首をかしげていたが、今ではつられて笑っている。
「なんか、ね、おかしい。お腹痛い。私と猫、同じに見えるのにそんなに違うなんて」
「そんな事で笑ってたの?面白い人だね。…そんなに同じに見えるのかな」
そう言いながら自分の体を見る猫を見て、また笑みがこぼれ出る。気まずくなるのも一瞬だけどそれがなくなるのも一瞬で、それもまたおかしい。
ここに来て半日ほど。何もわからないから興味なんてもつこともなく歩いていた。今ではおかしくて忙しい。さまざまに動いていく自分の心も、周りがどう思って生きているかも、知らない食感、味、何もかも。その後の言葉は出てこないが…。いいことのような気がする。
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