第5話

 あの後、私は彼女に甘えて「うん」と言った。

『こういう絵の看板のある家はね、家の人がよく手作りクッキーとかジュースを売ってるの!あ、ほらあそこ!』

 と言いながら元気に走り出した。歌ってた時とは違って今はハツラツとしていて可愛らしい。よっぽど誰かと話したかったのかずっと笑顔だ。

 エイプリルが立ち止まったところには広い庭に机を出してジュースを置いていた。母なのかそれらしき人と女の子が、小さな箱を机の上に置いたりと忙しそうだ。家から誰か出てきたと思ったらさらに小さな女の子が椅子を頑張って運んでいる。

 準備が終わるまで待っていると少しずつ人が並び始めた。

 最後に女の子とさらに小さい女の子が椅子を並べ終えると、こちらを見、目をキラキラさせて、いらっしゃいませと言った。

『ジャムジュース、水と炭酸どちらも頼む?』

 と聞いてきたが全く分からないので頷くだけしかできなかった。

 周りの人は慣れているのか、エイプリルが指を指したり何本か指を立てたらそれぞれ役割に分かれて滞りなくジャムジュースを作っていく。そのおかげかそこまで待つことなくジャムジュースが渡された。

 炭酸と言われた方はシュワシュワと音を立てていて水と言われた方は全体的に黄色に色づいるのがよく分かる。

 歩きながらエイプリルは、こうやって飲むの、と細長い飛び出てる物を咥え器用にジャムジュースを吸い上げてみせた。

 私もと思い音のなってない方を同じようにやってみたが、彼女のように上手くできない。いや、ジュースは上がってくるのだが永遠に口の中に入って飲み込むのが大変だ。強制的に送られてくる飲み物を必死に胃に流し込んでいると、エイプリルは我慢しながらも笑った。その笑い声を聞いてると大変だったものなのに自分も笑いそうになる。何故なのだろうか、とても不思議だ。

『吸うのをやめればいいのよ』

 と言われたとおりやめてみると、スッとなくなった。

「よかった…ずっとジュースが口の中に入ってくるのかと思った」

『そんな物語の生き物じゃないんだから、面白い人ね。あ、そうそう、これ専用のゴミ箱があちこちに置かれてるから飲み終わったらそこに捨てるのよ』

 と言いながら彼女は指をさす。見てみると家と家の間に箱が置かれていた。それも数が多く2軒ごとに置いている。

 飲み方を覚えて改めて飲んでみると、落ち着いて飲めるおかげか味がよく分かる。

 作る時に氷を入れる前に全体的に混ぜているから味にムラがない。水と混ぜる前のドロっとした物には黄色が濃かったのに、混ぜたら薄くなりその色がこの町の風景や雰囲気、人柄と合わさってとても綺麗だ。

 量も飲みきりやすい量で余って捨てる事にはならない。これなら他にもジャムジュースがあったら試し飲みもしやすくていいだろう。

 味は、ここまで来るのに暑さや歩きや小屋の揺れなどで疲れた体に優しい。甘さもいつの間にか飲み終わってるくらいにちょうどいい。

 中には何が入っているのだろうか。さまざまな食べたことのない味がする。

 たくさんの味なのにそれらが喧嘩をせず主張も強くなく、自身の良さを出しながらその良さが他の味を更に良くしている。

 なんと平和なのだろう。平和だけじゃなく全体が味としてさらに上へあがる。それを味わっている自分の心にも影響する。なんて素晴らしいのだ。

「こんなに美味しいなんて。体にも心にもしみるよ」

『でしょう!このジュースはね、昔からの知恵なのよ!今とは違って昔は砂糖も少なかったからもっと違った作りみたいたんだけどね。季節や体調に合わせて果物をジャムみたいにドロドロに溶かして水と混ぜて飲むの』

「へぇ、だからこのジュースすっかり体に入るんだね」

『うん。元々医療にも使われていたからね。昔の人々が成功するまで頑張ってくれたおかげだよ!この国に産まれて物凄く自慢なの!』

「そんなに昔からあるんだ…。でも自慢に思う気持ちわかるかも…」

 砂糖が少ない時と言っていた。今より不利な材料でどうしたら飲みやすくなるのか考え続けていたのか。そう思うと感謝の気持ちが出てきた。私はこの国で産まれたわけでも育ったわけでもないが、自慢という気持ちがよく分かる気がする。歩いているだけで背筋を伸ばして胸を張りたくなる。

 水の方がなくなったのでちょうどゴミ箱も近かったので捨て、シュワシュワパチパチと音を立てている炭酸のジャムジュースを飲む。

 さっきとは全く違う衝撃に頭の中が疑問で埋め尽くされた。味は同じはずなのに口の中でパチパチしているだけで全く違う感じがする。同じはずなのに同じじゃないような。

 口の中で暴れるジュースが静まるのを待ってから試しにゴクリと飲んでみた。静かになっても弱々しくシュワシュワとして喉を通っていく。

 それは少し飲み込みにくかったがとても楽しかった。この音も感触もまた味のようだ。

「こっちも美味しい!口の中から聞こえるシュワシュワとか弾けるパチパチの感触が楽しい」

『うんうん。これは最近出来たんだけどね、美味しいからすぐに人気になったんだ!この炭酸のシュワシュワは遊びたい時に飲むんだー。パチパチする感触が楽しいから』

 気づいてない様子でエイプリルは、ふふーんと笑った。相当好きなのだろう、それもよく分かる。私もそっちだったら色々な人に自慢して笑っている事だろう。自分が開発したり作った物じゃなくてもとても誇らしい。


 2つもあった飲み物も意外とあっさりとなくなるもので。その時にはさすがに喉は乾いてもなく充実感で満たされていた。

『ここなの』

 並んでいるうちの1つの家の前に止まるとエイプリルは振り向いて言った。

『私、家族に連絡してくる。すぐ終わると思うけど…言っていたあの猫の話、ここらへんかもう少し先で見かけるから見にいってみる?』

「うーん、そうだね…見てくるよ」

『わかった』

 とお互い軽く手を振って別れた。並んでいる家と似た姿をしているが、庭の真ん中よりに木があって、その木の幹にはなにやら色が飾ってある。塗られているとも言うべきか。

 そしてその木を囲むように色々な形の置物が並べられている。

 なぜそうしているのかはあまりよくは分からないが他の家と間違えなさそうだ。

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