第4話

  人が多く、避けて歩いているはずなのによくぶつかる。

 最初こそは胸が苦しかったが、こうも何度もぶつかると心が図太くなるものだ。広場に入ってきょろきょろしているだけでもう両手では数えれないくらいぶつかっていた。もうぶつかってもいいや、という気持ちで遠慮なく周りを見渡していく。

 この広場には道が集まっている。あまり使われていない小道も繋がっている。道をよく見てみたら家が連なっているのが多い。道には家だけかと思っていたら店もあったりして落ち着いたら行ってみたいところばかりだ。

 そうきょろきょろしていると、白に水色がかった猫が歩いているのを見つけた。どことなく雰囲気があの猫に似ている。もしやと思い行ってみると、少ししか歩いていないのにその子はぎょっとしてこちらを見た。が、それも私の頭を見ると穏やかな顔になり、座ってこちらを見ている。

 近くで見ると首に猫と似た輪っかをつけていた。

「あ、えっと、あなたによく似ているリズって子知ってる?」

 聞かれたその子は口を開くが声を出すことはなく目をいっぱいに開いた。その後、目を潤ませて、知ってる、と周りの音に消えそうな声で言った。

「ママ…」

 そう言いながらその子は右手を上げ手のひらを見せた。茶色でハートマークがくっきりと描かれている。

「その猫がね、愛してるって伝えてって」

「…!!ねえ、ママ、この辺にいるの?ずっと探してるけど見つからなくて」

「多分遠いかな…走る小屋に乗ってきたから」

 そうか、とうなだれて涙を流す。けれどそれは悪いものではなく安心しているように見える。

 ありがとう、と微笑んでその子は歩いていった。

 その後ろ姿は良い方にも悪い方にも見えて胸がきゅっとなる。

 ありがとう、か。あの時猫に口をつけたときの気持ちがその言葉にすとんと落ち着く。


 眺めている時は静かなのに誰かと話したら気分も明るくなって、またそこから景色を眺めるというのは、どちらも当たり前の代わりのない日常なはずなのに──当たり前ではない刺激的な非日常と日常を交互に経験しているようで──。

 また景色を眺めていると、その繰り返しに対して口角が上がった気がした。

 その時、ふと、本当にふと視界の中に気になるものが映った。心臓がどきっとしてその原因は何かと探る。

 1人の女性。薄い黄緑の袖のないワンピースを着た女性。背は大人の女性よりは低く雰囲気などに幼さを感じる。肩まで伸ばした黒い髪を自由に、けれど綺麗に揺らして歩いている。

 その人は慣れているのかあまり人とぶつかる事なく真ん中の噴水に座った。

 噴水には女性たちが波のような物の上でツボを持っておりそこから水が出ている。3方向に向いている女性たちの足は波と一緒になっている。水の流れる時、段差が2段くらいあり、座れそうな縁も2つある。

 その噴水の様子と彼女が何かしら準備している姿は、この噴水の像から飛び出したのかというほど輝いて見えた。それは彼女のよく焼けた肌と目や髪色の合わせ具合が神秘的に感じさせるからだろうか。

 何かを感じ歩いていく。小屋に乗っていた時にこの広場に感じた何かと同じ。よく分からないまま、人とぶつかっても気にならないまま歩いていく。

 彼女は黒と白の長い布を取り出して指を動かした。そこから出される音は、懐かしい場所を思い出させるようで、故郷も知らなければ特に何か思う感情もないのに帰りたくなるような。

 と思ったらその音の流れに合わせて彼女は喋った。いや、喋るというより音の流れと似ている。


 その流れをまとめると、懐かしいものに対して話しかけていて、帰ってきて欲しい。と何か、あるいは誰かに対して話しかけている内容だった。それは相手から返事が返ってくるわけでもなく、彼女が一方的に話しかけている。話しかけているであっているかは分からないが…。

 それを終えるとこちらをいつの間にか見ていた。彼女が何を探しているのか考えているうちに時間が経っていたようだ。

「えっと、その探しているなにかも聞こえてるよ。会えないのはまだ忙しいんじゃないかな」

 なんて、答えが分からないのでとりあえずの言葉で取り繕った。

 それがバレたのか、彼女は目をぱちくりさせている。

『聞こえたの?』

 と彼女が聞き返すので今度は私が目をぱちくりさせた。

「その音の流れも良かったよ。私も何か感情とか情景とか理由とか必要な何かが分かったような気がする」

 少し沈黙が流れた。

『…あ、私…声が出ないから、聞こえる人初めてで。ごめんね変な空気にしちゃって。私エイプリル。あなたは?』

「…??。そう、私はゆめみ。ねぇ、さっきのって誰かの事を思って話していたの?」

『あー…えーと…そう。そう思って歌ってた。皆はその探しているものは気のせいだってなんとか忘れさせようとしてくるけど、きっと本当だと思う。覚えていないからその違和感になんだけどね』

 そこまで言うとエイプリルは悲しそうに笑った。

 覚えていないから何もおかしな事はないはずなのに違和感を感じる。何かを思い出そうとしているのだろうか。

「私はまだ猫にしか会ってないからエイプリルの探してるのとは会ってないかも」

『猫?』

「うん。白色に水色がかった毛が長くて両手両足で歩く子。その子に色々と教わって、その子も子供に伝えたい事があるって」

 うーん、とエイプリルは言った。

『この辺で聞いたことがあるけど、野良猫だったから…会えるかどうか…』

「野良猫?」

『うん、首輪つけてない猫がいるの。同じとは限らないんだけどね』

 そう言うと彼女は少し考えて、深呼吸を数回してこちらを見た。

『あの、よかったら泊まらない?あなたのしたい事が終わるまで』

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