第3話

 外から見ていた時は人もたくさん居たが、いざ行こうとしたら居なくなった。周りをキョロキョロしてみると遠くの方でたくさんの人が固まっている。固まっている人の代わりにその前を小屋が走っている。あんなにたくさんの人や物がこんなにもピシっと動いては止まれるのだろうか。

 この場所を歩いていいのかは分からないが歩いて小屋につく、が、どうしたらいいのか分からない。頼んだらいいと言っていたが、どこに人はいるのだろう。小屋の真後ろから左側に行き見てみるが誰も居ない。扉があるが、話によると人の物らしいので勝手に触れる事はできない。そのまま進み馬は確認できるが相変わらず人は居ない。

「あ、あの…」

 と声をかけると馬は前を向いたまま、主人は今乗客を助けてる、と眠そうな声が返ってきた。

「乗客?」

「そ…乗客が大荷物で、家族が迎えに来ているところまで運んでるんだってー」

「んー。あーたあれねー。まだそうだから後ろに乗って寝なー」

 それっきり馬は話さなくなって、代わりに寝息が聞こえ始めた。一応馬からはお許しが出たのできっと小屋を触ってもいいのだろう。小屋の先の背の高い板を何度も失敗しながら、やっとの思いで登って座ると、急に眠気が来てそのまま倒れ込むように目をつむった。体のあちこちが痛い。起きたら痛いのがなくなってくれたらいいのに。


    ---   ---   

 真っ暗で何も見えないまま、音が入ってきた。体は痛くて重く、目を開ける気力もない。そのまま二度寝しようと思ったが、一度起きてしまったら寝ることはできなくなっていた。

 道が悪いのかやたらと揺れる時もある。猫の言っていたガタガタはこの事なのだろう。

 あまり働かない頭の中で、やっとなぜ動いてるのかという疑問にいたった。それからは一気に目がさめて飛び起きた。

「…うあ…」

 板に接していた体が痛い。硬いところで寝ると体が痛くなるという事なのか、首さえも動かせない。

「起きたんだね。こんなとこで寝てるから体が痛いだろう。じっとしていたらそのうちなくなるよ」

 いつの間にかそばに居た人間が、これ、とお水とよく分からないものを渡してきた。

「あぁ、これはねロイブと言うんだ。上から少しずつ食べてごらん。これじゃあ足りないと思うけど、寝ていたからね、とりあえず間に合わせ」

 よく分からないままそれらを受け取る。

 顔の前に持ってきて分かったが、お腹に優しそうな、それでいて草のような爽やかで口当たりはまったりとしてそうな香りがする。四角い乳白色の柔らかい包みの中には色々な物が入っている。下は見えないから分からないが、草などが見える。白っぽい塊はあちこちにあり、それには、黒いつぶつぶやオレンジ色や緑色に薄ピンクなどの物が混じっている。

 上からぱくりとかじってみた。

 見た感じでは草を食べたらさっぱりしてて飽きずに全部食べれそうと思っていた。その想像通りでさっぱりとしていて水を連想させる。周りの包みは草よりも柔らかく優しく歯を通す。

 噛み続けて分かったが、包みは柔らかいのにほんの少しもっちりとしている。

 謎の白い塊は滑らかで、なのに中のつぶつぶなのか草より固いところもある。

 全体的にそれぞれ味はあるのだが、大きな決め手は白い塊だ。まったりとして舌に残る旨みと少しの酸味と香り高いピリッとする味。

 そのまま食べ進めると中身の内容が少し変わった。見た目は草は同じなのだがその草は濡れている。そして香りには酸味が強まった。その香りに口の中でよだれがじゅわっと出た。これまた薄いベージュもしくは乳白色の繊維質の何かと、それとは違う何かが入っている。

 好きな味なのは分かったのでそのまま食べ進めた。

「…!」

 先程までは人工的な味付けは控えめだったのが、後半では全体的にがっつりとついている。草が濡れていたのは味付けだった。酸っぱいきもするが甘くも感じ、全体の味が混ざると濃厚な旨みがあるのに全く飽きない。

 繊維質の何かは非常に弾力があり食感が美味しい。もう一つの乳白色の物とは違い、味が淡白だ。

 この包みには唾液が取られてしまうが草から出る水分で戻る。食べ物とはこんなに面白いのか。食べる事は話す事とは別の輝きがある。それになんとなく自分の口の端が上がっている気がする。

 ああ、心が凄く満たされる。

 全て食べ終えると口の中の余ったものを水で流し込んだ。

「良かった。その様子じゃ美味しかったようで」

「おいしかった」

 その言葉を言った瞬間、心臓がドキリとした。美味しい、その言葉を知っていた。知っていたはずなのに忘れていた。この人がその言葉を言うまですっかり忘れていた。他にも知っているのに忘れている言葉があるのだろうか。

「それでお腹はまだ空いているのか?」

 んーとお腹に手を当て聞いてみる。さっき食べた物で満足したのか次を食べようという気は起きない。

「お腹すいていない」

「そうか。それじゃあ適当に走らせるからここだと感じたら言ってほしい」

「うん」

 会話はそこで途切れ、周りを見る事になった。猫と別れた場所とは違って今居る場所の人間たちはキリキリして歩いている。みんな違うはずなのに同じに見えるのはなぜなのだろう。それとどこに行っても共通してるのはもう一つある。みんなここの空気の様にカラッとしている。

 その場所の小道に入りしばらくは家らしきところを過ぎ、先に出ると今度は明るく会話をしている。見たことのない食べ物や色のついた飲み物を口にしている。この明るさは人によってそれぞれで見ているとこっちまで明るくなる。

 その道をある程度走ると角を曲がった。今度は小道ではなく色々な物が売っている。食材だったり、目の前で食べ物を作って受け取った人は歩きながら食べたり。服は自分で作っているのかどこも雰囲気や見た目が被っていない。それぞれ違うものを売っている。

 特に曲がることなく進んでいくと何か惹かれる場所があった。今までにはない、どうしても行きたくなる場所。行きたいという理由だけ。

「あの、あそこ…」

 真っ直ぐ前を指さすと主人は、ん、と言って走らせ続けた。

 ここからはまだ遠いから分かりにくいが人が行き交っている、いや混雑しているように見える。


「この先は歩きでしか入れないんだ。ごめんな、ほれ、降りれるか」

 行きたい場所には人がたくさん居る。そこから道に出る人も多い。こんな大きな小屋では入れないのはすぐに理解した。

 主人は先に降り、両手を出した。私は飛び降りる勇気が出ないので後ろを向き手を着き足を伸ばす。いくら足を伸ばしても届く気配がない。待っていた主人が私を支え降ろしてくれなければずっとこの板の上で過ごしていた事だろう。

「いってきます」

 と主人と馬たちに言うと、いってらっしゃいと返ってきた。

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