年上のお姉さんは同級生! 〜僕と彼女は、妹の推し仲間〜

@tumarun

第1話 ある、朝の風景

玄関の明かり取りガラスから朝の光が入ってくる。三和土に座ってシューズを履いていると、後ろから声をかけられた、


「ニーニィ。行っちゃうの?」


 舌ったらずの声が耳の中に入り込み,鼓膜を震わし脳の奥底に心地良い刺激をもたらす。思わずに否定してしまいそうになるのに心を鬼にして,


「行くよ。ユメも保育園に行くんだろ?」

「いや、ニーニといっしょにお家にいるの。一日中お遊びするのぉ」


 涙混じりの、お願いの言葉が心を鷲掴みにする。

 その言葉の誘惑を引き離すのにかなりの精神力を要した。後ろを振り返り、側に佇むだろうユメに話しかける、


「ニーニも、お勉強しないといけないの。学校へ行かないといけないんだよ」

ユメへ、和かに爽やかに優しく話しかけられたと思う。でも、

「ユメとお部屋でカキカキしない? お絵描きも、おべんきょう、だよ」

首を傾げ、濁りのない、つぶらな瞳で見返してきた。


   グハァ


 内なる心の口が吐血した。


   か、可愛すぎる。


 抱き上げて、そのプニプニな頬を頬擦りしたい。そんな誘惑に駆られる。

 でも、目を瞑り視線を外した。靴を履き終えて、立ち上がり、ユメの乞うような視線を振り解き、玄関のドアノブに手を伸ばした。

 でも握ろうとした指先からノブが離れていく。扉が外からいきなり開けられたのだ。全開になったところへ逆光でシルエットとなった長い髪を棚引かせて立ち上がる女性の姿が見えた。


 「ゴラァ、ニッキ! ユメ様が泣いて引き留めていらっしゃるではありませんか。なぜに振り解こうとするのですか? ここはユメ様を抱き上げ、部屋に戻り、ユメ様とお絵描きの勉強を始めていくところでありますでしょ。なぜしないのですか?」


 女性特有の高音大目の声が耳に入って頭の中をシェイクする。


 僕は錦、新道錦と申します。言いづらいのか、この人にはニッキと呼ばれています。

 この春より晴れて高等学校に進学した、15歳です。

 後ろで突然の侵入者に驚き呆然と立ちすくんでいるのは、妹のユメ、5歳。

 妹とは10歳も離れているせいでしょうか。もう妹が可愛いくて、可愛ゆくて、しょうがないんです。

 今だって遊びたい盛りの妹が俺を引き止める。何なら、一緒にお絵描きだって何だって遊びたいんです。でも学校には行かないといけない。

 その葛藤をだれかにわかって欲しい。そうか、いました。いま、僕の前でこっちを睨みつけてきている方が、


「音々さん、ノックも無しにドアを開けるのはマナーに反するのでは?」


 音々さんは、ネオンと呼びます。初めて出会ったときはオンオンと呼んで、思いっきり怒られました。

 見た感じ僕の背が低めなこともあり音々さんの背は高い、それでいて出るところはボンとでて、引っ込むところはキュッと引き締まる、グラビア体型なんだよね。言動はあれですが、いつみてもドキドキしてしまいます。


「それはあなたが‥」

 

 そして、後ろから妹も声をかけた。


「あっー、ネーネだあ。おっきな声出すんだもん。驚いちゃったぁ」


   ドンッ


 音々さんは俺を壁に撥ね飛ばし、ユメの前にひざまづくと


「まあ、ユメ様を脅かしてしまうなど、なんて事をしてしまったのでしょう。ユメ様、こんな私しでも許して頂けますでしょうか?」


 背中から見てもユメに懇願してうるのがわかる、ユメの目が大きく見開いて驚いてるのがわかるからね。


「うん、許しちゃう、許しちゃうよ。ネーネはいつも元気だもんね」

「な、な、なんと寛大な御方、ユメ様は天使、いえ神様でありましょーや」


 音々さんは、履いているスカートが汚れるのにも関わるず土間に平服してしまう。ユメも腰引け気味だったりします。

 そのうちに、


「そうか、ネーネも来ると言うことは! やっぱり学校なんだね。わかった。ニーニ、学校へ行ってもいいよ。帰ったら楽しいお話聞かせてね」


 納得してくれたのか、笑顔で送り出してくれそう。胸の支えが取れました。


「何と寛大な!やはり、 ユメ様は天使! いえ神様では。そういうことでしたらば私しが変わってお相手を」


 音々さんが、ユメを褒め称えているのだけれど、


「ダメだよ。ネーネはニーニの彼氏なんでしょ。いっちょに行かないと…めっ、だよ」


 ユメは人差し指をたてて、ウインクまでつけて、音々を諭している。小さい子が歳の上のものを言いくるめているのを、苦笑いして見ていると、


「ニッキ、何か言いたいことでもありまして」

「別に」


 すると、


「ダメだよ。喧嘩しちゃ。ホントに…めっ!」

「あぁ、ユメ様。私が悪うございました。ほれ、この通り仲良くてよ」


 音々さんは傍にいた僕の腕を取ると抱きしめた。その柔らかい感触に頬が熱くなってしまいます。更に、


「ねっ、ねっ、ねっ」


 と、ゆめと僕の顔を交互に、これみよがしに見回している音々さんの仕草が微笑ましくて、僕も笑ってしまいます。


「よろしい。2人は仲良しさんだね」


 うんうんと腕まで組んで、にっこりとしていユメが、さらに微笑ましかった。


  ホゥ

 

 隣では、音々さんまで頬を染めて、そんなユメを見ていた。


  そうだ!


「ユメ、保育園まで僕らが送ってやろうか?」

「いいの! 行く行く」


 ユメの笑顔が爆発した。


  ホゥ、


 僕と隣の音々さんのため息が重なる。


「母さんにも、言ってきて。あと帽子とポシェットも忘れない」

「はぁーい」


 と、踵を返して奥にユメは走っていく。

 テトテトと走っている姿に,ほっこりとしていると、ユメは振り返って僕達に手を小さく振ってくれた。その姿に、


  ホゥ、


 三度,音々さんがため息を出してしまう。

ユメが廊下の奥に消えていくと、


「ニッキ。朝より,ユメ様の尊い御姿を拝謁できました。本日は良き日になりましょう」


 と、音々さんまで眩しい笑顔を見せてくれる。


 音々さんは、橘音々と言います。大病を患い,長年の治療がやっと終わって復学。

 僕と同じ高校に通い、同じ学年の同じクラスになりました。

 歳の差は秘密。言ったら音々さんに締め殺されかねません。

 そんな彼女は,妹の大ファン、推しの一番なんだそうです。ユメのことでは、僕は負けるわけにいけません。兄として絶対にですよ。

 そんなこと考えていると、


「ニーニ! 用意できた」


 ユメが奥からてとてとやってきた。


「じゃあ、いくよ」

「あい」

「帽子は?」

「かぶった」

「スモックは?」

「着たよ」

「バックは?」

「かけた」

「よおーし、最後にズックは?」

「お気にのリボン付き、履いたお」

「完璧です。それでは、お母さんにー」

「ママに〜」


 僕はユメと顔を合わせて、2人うなづくと、


「「いってきます」」


 キッチンシンクで洗い上げをしているであろう、お母さんに大きな声で挨拶をして、玄関を出た。するとユメが手を僕に差し出し来る。


 「ニーニ」


 僕は、その手を引いて一緒に歩いて行った。


そして、


「ネーネも」

「はい♡」


 反対側の手をネオンさんが取って、3人で手を繋ぎ、保育園へ向かって歩いて行った。

もちろん、3人とも笑顔だよ。

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