untitled

@rabbit090

第1話

 ちょっとだけ、心が苦しくて。

 だから君を、利用したんだ。

 でもずっと笑っているから、僕は勘違いを、していた。ごめん、してたんだ、本当は君が嫌がっているって分かってたんだけど、見ないふりをしていたんだ。

 「いいよ、気にしないから。」

 それが、君の口癖だった。

 君はいつも、僕のことを否定しなかった。

 でも、僕はそれが嫌だったのだ。

 だって、僕は本当は分かっているから、ダメな理由は、ちゃんとあるってこと。


 「完成したよ、やっとだね。」

 「ああ、お前の執念には驚いたけど、でもまあ、それがお前だよな。」

 「………。」

 僕は、からかい、といった言葉にうまく反応することができない。何を言えばいいのかが分からない。頭が、上手く働かない。

 「機能は大丈夫。本体自体は5年前にはできていたし、念を入れてチェックを繰り返したから、失敗することは無いと思う。」

 「そうか、なら、大丈夫だな。」

 こいつは、僕が一人で研究をしているということをかぎつけて、助手をしたい、と申し出た年上の後輩になる。

 某国では、僕が作っている技術を欲しがっている人間がいて、最初はどこにも属さずに一人で行っていたけれど、今では正式な科学者として、認定を得たうえで活動をしている。

 と言っても、もうもと居た場所では活動できなくて、つまり、相当闇っぽいことをしているっていう話だった。

 学生時代の、淡い思いで、何かじゃない。

 僕は彼女を、深く傷つけてしまった。

 だからずっと忘れられないのだと思う。

 だって、君は、僕のせいで動けなくなってしまって、それで、僕はただ一人立ちすくんでいた。

 そして、やっと、手に入る。

 君を、大丈夫にする魔法が。

 僕は、それを達成することによってきっと、この深い後悔の思いから解放されるのだと、思っている。

 「またうなされてんのかよ。」

 「…ああ。」

 「いい加減にしたいよな。」

 「………。」

 こいつは、僕がいくらうるさく声を出そうと、平然としている。というより、してくれているのだろう。

 僕は頻繁に、あの時の夢を見る。

 あの時、

 彼女が、死にかけた瞬間。

 ありふれたドラマのようだけど、彼女は僕をかばって、通り魔に刺された。

 でも、最悪なことに、僕はその通り魔の存在に気付いていた。

 だから、僕は正確にえば彼女を、身代わりにして生き残ったのだ。

 「はあ…はあ。」

 汗が、じっとりと流れる。

 本当は、彼女のため何かではない、僕は、早く解放されたかった。

 この全身を覆う、暗さを、きっと理不尽なはずなのに、消せない、弱さを。


 「あれ、私。」

 そこには、小さな少女がそのままの姿で、何も分からないといった顔で、周りを見回しながら目を動かす姿があった。

 僕は、その瞬間、ずぶりと深い何かに、飲み込まれたような感覚を覚えた。

 溺れているのか、それとも浮かび上がっているかは分からない、ただ、僕の体に、ずっと感じていなかった、冷やりとした鋭さのある、水滴が、落ちた。

 

 

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