34話 ネメアの三姉妹

 ガロアは思いのほか早くメルイーシャ工房まで足を運んできた。それだけ新しい招来獣しょうらいじゅうに興味があったのだろう。

 僕はガロアを研究棟の個人作業室に案内して彼女たちと対面させた。ハヴィクも工房長も同席させない、内々だけのお披露目だった。


「……ネメアの三姉妹、か」


 僕が並んで立つ彼女たちを紹介すると、ガロアは黒い目を小さく見張った後で、すぐに値踏みするような視線を向けた。

 ネメアの三姉妹は、彼女たちの総称として僕が名付けた。オットーの神話に出てくる、ネメアの絶壁に棲まうという凶暴な怪鳥からとったものだ。

「右からアン、ディナ、エトです。指揮用の指輪に、彼女たちの付けているものと同色のリボンが結んであります」

 淡々と言って僕は設計図、回路図と三つの指輪をガロアに渡した。

 ガロアは怪訝けげんそうに眉を跳ね上げる。

「ヒエンコの笛は二つだったが、予備はないのか?」

「ガロア様、彼女たちは淑女レディですよ」

 僕は大真面目な顔をして、ガロアにすっと人差し指を立てて見せる。

みさおを立てる相手は、一人だけがよろしいとは思いませんか?」

 僕の言葉に、彼は何とも言えない表情をした。

「……それは。本気で言ってるのか?」

「もちろん、冗談です。彼女たちは核を共有する招来獣ですので、いざという時は他の指輪でも命令は可能です」

 ガロアは苦い顔をして僕を見た。あまりこういった冗談は好きではないのだろう。


 僕は小さく肩をすくめると、もっと彼の好みそうなことの説明に入った。

「核の共有によって、彼女たちはある程度の思考も共有しています。たとえば前線と本陣など、離れた位置からでも情報の伝達が可能です」

「ほう」

「今は通常形態ですが、戦闘形態をとればその性質は獰猛どうもうになります。三体で戦えば死角のない、息の合った働きができるかと思います」


 僕はよどみない調子でネメアの三姉妹の利点を説明してゆく。

 これから彼女たちが受ける待遇は、僕のこの説明にかかっている。愚かな作戦で使い捨てられることのないように、彼女たちがどれほど有能で役立つかを告げておく必要があった。

 さいわいガロアはそういったことを、創り手の話をよく聞くタイプの人間だった。


「各々が個別に戦うこともできますし、二体と一体に分けて攻撃と伝令に役割を振り分けることも可能です。全てはガロア様の采配さいはい次第となるでしょう」

 僕の説明を聞くうちに、ガロアの目がぎらぎらと輝いてゆく。

 戦略家の血が騒ぐのだろう。それで良い、そのために僕は彼女たちを創ったのだ。

「ご苦労だった、シウル・フィーリス」

 やがて彼は満足げな表情で僕に言った。

「どれほどの戦力になるかは使ってみるまで分からんが、設計図を見る限り、君はまさに招来術しょうらいじゅつの天才というに相応しい」

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴ちょうだいいたします」

 淡々と下げた頭にガロアからの声が落ちた。


「次の作品も期待しているぞ、シウル・フィーリス」


 次の作品、ね。

 以前の僕だったら、きっと怒っていただろう。悔しくて、砕けるほどに奥歯を噛んでいたはずだ。

 でも今は、……不思議なほどに何もかもがどうでも良かった。


「ガロア様」

 静かに顔を上げる。

 ガロアは何故か、少しだけ息をのんだように見えた。

 僕は薄い笑みと共に彼に言った。

「そういったことはどうか、彼女たちを存分に使い尽くした後で言ってください。女性の嫉妬や執念は、本当に恐ろしいものですから」

 僕の言葉に、ガロアはとても複雑そうな顔をしていた。

 ネメアの三姉妹を連れて彼が部屋を出ていった後、一人残った作業室で僕は苦笑した。

 彼、ああ見えて意外と女性には弱いらしい。

 ネメアの三姉妹も見たかんじ、彼をそこまで毛嫌いした様子もなかったし。もしかしたら彼らは上手くやっていけるのかもしれない。

 他人事のように僕はそう思った。




 それから数か月後。

 ガロア・ユート率いる招来獣しょうらいじゅう部隊が、膠着こうちゃく状態だったイリヨルの戦線を突破したとの報せが僕の元に届いた。

 ヒエンコと、ネメアの三姉妹たちの働きが大きかったそうだ。

 ガロアも彼女たちも、クウェン中から英雄のように称賛された。

 ついでに、創り手であるこの僕も。

 メルイーシャ工房の招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャは『メルイーシャの宝石』という名で讃えられたのだった。

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