33話 贖罪と祝福

 僕が新たな様式で創る三体は、核となる四精石しせいせきを共有する招来獣しょうらいじゅうだった。

 分かりやすいイメージは万華鏡だ。

 核に用いるのは火精石かせいせき第三晶、融和ゆうわの結晶。

 これを術で三分割し、三体分の核として扱う。

 一体の招来獣を三回創るのではなく、三体の招来獣を一度の術で構築するのだ。


 回路図はかなり複雑になったものの、全て形態の違ったハヴィクの七重回路ななじゅうかいろと比べれば三体とも人型だ。調整はそこまで難しくはなかった。

 核自体が小さくなるため他の四精石とバランスを考えるのがやや手間だったけれど、代わりに予算は少し抑えられる。

 素材の量を落とす分、大切なのはそこを補うトフカ語とイメージの訓練になる。僕はたびたび、スケッチブックを持って町外れの教会を訪れるようになった。


 もっと重要なのが体調の管理だった。

 ガロアに言った一年は、僕の体調がそれなりに良かった場合を考慮してもぎりぎりの期間だ。

 もしハヴィクの時のようにひと月だって寝込んでしまうようなことがあれば、期限には絶対に間に合わなくなる。

 僕は期限と体調という二つの重圧に挟まれながら回路図を引き、トフカ語の詠唱文を構築した。招来獣を創ることがこんなに辛くて大変だと思ったのはこれが初めてだった。


 ハヴィクは、そんな僕をずっと側で支えてくれた。

 僕の余裕がなくなってぴりぴりしている時も、熱を出して弱音があふれてしまう時も。ハヴィクは普段と変わらない態度で僕のことを案じてくれていた。

 彼のために頑張らないと。

 その一心で、僕は設計紙に向き合い続けた。

 翌年の春先には何とか、予定通りに全ての準備を整えることができた。集中する内に、僕はいつの間にか十五歳の誕生日を迎えていた。


 よく晴れた暖かな日に、僕は久々に外出着に袖を通してハヴィクと一緒に町へ出かけた。降翼祭こうよくさいの準備で賑わう通りを抜けて、目当ての店へと真っ先に向かう。


「ねえ、ハヴィー。このリボンなんてどうかな?」

「どう、と言われても。何故君はそんなものを選んでいるのだ?」

 僕は生地商の店に並べられたリボンを選びながらハヴィクに笑いかけた。

「だって今日は、君に妹が三人もできるんだよ。そのお祝いに決まってるじゃない」

「妹、なのだ?」

「そうだよ。……まあ、ヒエンコも女の子だったんだけどね」


 工房へ帰ったら、僕は研究棟で招来術しょうらいじゅつを使う予定だった。

 生まれたばかりの彼女たちはすぐにガロアと共に戦場へと連れて行かれて、二度と僕たちと会うこともないだろう。

 だからこれは、僕のエゴだ。

 ハヴィクを奪われたくないから、僕はその身代わりを創ることを選んだ。

 二度と誕生日を祝ってあげることもない彼女たちのために、僕はリボンを選んでお祝いの先払いをするのだ。


「……あ、これきれい。君の目の色に似てない?」

 緑色のリボンを見せて僕が笑うと、ハヴィクは少し首をかしげた後で薄紫色のリボンを手に取った。

「では、これは君の目と同じ色なのだ」

「じゃあ、これとこれにしようか。あと一色は……」

 どうせ血に染まるなら、ピンクよりもオレンジの方が良いだろう。

 僕は緑と紫、そしてオレンジ色のリボンを買って店を出た。

「じゃあ次はアップルパイを買いに行こうか。今日はみんなで食べるから、大きいやつにしようね」

 僕はハヴィクを見上げて、無理やりでも楽しげな笑顔を作ってみせた。


 そして、その日の夜。

 研究棟の作業室で、僕は彼女たちを創った。

 ハヴィクの時のように日の暮れた頃にトフカ語を紡ぎはじめて、全ての術を終えたのが真夜中を少し過ぎたくらい。

 ハヴィク、ヒエンコと招来獣を創ってきて慣れてきたのだろう。大きな術の後だったけれど、僕の体力は少しだけ余裕が残っていた。

 部屋の隅に控えていたハヴィクが水の入ったグラスを渡してくれる。一息にグラスを呷った僕は、笑顔を浮かべて生まれたばかりの彼女たちに挨拶をした。

「初めまして、僕はシウル・フィーリスだよ」


 僕と同じくらいの背丈で、首から下は服の代わりに猛禽もうきんの硬質な羽毛で覆われた三人の少女たち。瞳の色はヒエンコと同じ深い赤色で、顔立ちは三つ子のようにみんな一緒だ。

 僕は彼女たちの髪にリボンを結び、そして名前を付けてあげる。

「紫色の君が、アン。一番のお姉さんだから、しっかりと妹たちの面倒を見てあげて」

「はい、シウルさま」

「緑のリボンの君がディナ。オレンジ色の君がエト。これから三人で仲良くして、そしてガロア様のお役に立つんだよ」

 僕は三人の体をぎゅっと抱きしめる。

 小さな肩と、少しだけ温かい体。うなじにかかるくらいの、さらりとした黒髪。参考にしたのは孤児院の子どもたちと、僕自身の姿だ。

「……本当は殺してほしくないなんて、勝手な言い分だよね」

 彼女たちの羽毛に顔をうずめて小さく呟く。


 僕は彼女たちに、戦闘を好む設定を与えた。

 戦いとなれば嬉々として臨み、敵の血を浴びるたびに歓喜の気持ちが彼女たちの胸を満たすように。呪いのような優しさを彼女たちに贈った。


「三人とも、よく聞いて。君たちがこれからどれだけ人を殺そうと、その責任はそう創った僕にあるんだ」

 彼女たちはきょとんとした目で僕を見ている。

 初めて会った時のハヴィクのような、純粋な目だ。

「流す血も、恨みの声も、全部僕が背負う。君たちのせいじゃない、招来獣が悪いわけじゃないんだ。……全ての責任は、そう創った僕にあるんだ」

 僕は三人の真ん中にいた、紫色のリボンのアンに向かって聞いた。

「僕の言ったこと、分かるかな?」

 アンは隣にいるディナ、エトと顔を見合わせると、僕を見て頷いた。

「はい、シウルさま」

「良かった。……じゃあ君たちのお兄さん、ハヴィクを紹介するね。それから家族みんなでアップルパイを食べよう」


 夜が明けたら、フィリエル工房に招来獣が完成したという書簡しょかんを送ろう。

 そしてガロアからの返事が来るまでの間、僕たちはつかの間の家族水入らずを楽しむんだ。

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