31話 提案

「……我が主に、それ以上近づかないでもらいたいのだ」


 すっと、僕とガロアの間にハヴィクの腕が割りこんだ。

「は、ハヴィク」

 いつの間に鴉の姿から戻っていたんだろう。

 見上げた彼の目は静かに、しかし逸らすことなくガロアを見ていた。


「人の話に口を挟んでくるとは、礼儀のなっていない招来獣しょうらいじゅうだな」

「無礼であったなら謝罪するのだ」

 ハヴィクの返答にちらりと笑うと、ガロアは僕から彼の方へと向き直ってその顔を見上げた。

「貴様が我々と共に来ると言うのなら、全てが丸く収まるのだが。それとも、招来獣とはいえ戦場に引きずり出されるのは嫌か?」

「我が主のためならば、私はどこにでも行くし、どんなことでもするのだ」

「ハヴィク、何を……!」

 僕は驚いてハヴィクの袖を掴む。

「だからこれ以上、我が主を害することは止めてほしいのだ」

 ハヴィクの表情は変わらなかった。ただ淡々とガロアに向かって言った。


 僕たちの会話を聞いていたモリドナが、まるで舞台を見届けた観客のように大きく手を叩いた。

「見上げた忠誠心じゃないか招来獣。ではこれで決まりだな!」

「シウル・フィーリス。君の招来獣はこう言ってるが、君の答えは?」


 彼らの言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが振り切れるのを感じた。


 この人たちは、ハヴィクのことを一体何だと思ってるんだ。

 ハヴィクはただの招来獣じゃない。

 彼は、僕の積み重ねてきた全てだ。

 もう二度と奪われたくない大切な家族なんだ……!


「……申し訳ありませんが」

 煮えたぎるような内心の叫びとは裏腹に、僕の口からは自分でも驚くほどに低く静かな声が出た。

「ハヴィクをお渡しすることはできません」

「な、何ぃ……?」

 モリドナが頓狂とんきょうな声を上げた。

 彼だけじゃない。工房長も、ハヴィクも、驚いたように僕を見ていた。

「代わりに、フィリエル工房には別の招来獣をご用意します」

 僕は目の前にいる痩身そうしんの男を真っ直ぐに見すえる。

 ガロアだけは僕の返答に驚く様子もなく、鋭い視線を向けてきた。

「別の招来獣だと?」

「はい」

 頷いて、深く息を吸い込む。

「人型で、クウェン語を介し、そして戦闘能力に秀でた招来獣を。設計図と回路図は全て、無償でフィリエル工房へ譲渡します。……いかがでしょうか、?」


 ガロアは僕の言葉を聞いてふんと息を吐いた。

「そこの招来獣ならば今すぐのものを、我々に待てと言うのか?」

 しかし、そう言った彼の顔に浮かんでいるのは苛立ちではなく小さな笑みだった。

 彼は、僕がそう提案することも計算に入れていたのだ。その表情を見て僕は悟った。

「では聞こう、シウル・フィーリス。君の言う招来獣の作成、どの程度の時間を要する?」

 僕は軽く目を閉じる。

 脳裏にいくつか浮かんだ回路図の中から、すぐに一つを決めてガロアに答えた。

「一年、頂けますでしょうか?」

「話にならんな。半年だ、それ以上は」

「三体です」

 肩をすくめたガロアを遮って僕は言った。

「一年で、三体の招来獣をご用意します。三体全て、先ほどの条件を満たした招来獣です」

 ガロアの表情が変わった。側で話を聞いていた工房長もだ。

「……本気か、シウル・フィーリス?」

 時間稼ぎに、できもしない夢物語をかたっているのではと疑っているのだろう。

 でも僕は、自分のできないと思うようなものをこんな場面で提案したりはしない。

「まだ未発表の、新しい回路様式があります」

「ほう?」

「それを用いれば一年に三体の招来獣しょうらいじゅうを創ることが可能だと考えます。必ずフィリエル工房にとって有益となる招来獣を創ります」


 部屋中の視線が、みんな僕に向いていた。


 そんなことが可能なのか?

 無理だ、不可能に決まっている。

 だが、もし可能であるなら、……ぜひ見てみたい。

 その場にいる招来術師しょうらいじゅつしたちの思考が、欲求が、好奇心が。同じ招来術師の僕には手に取るように分かった。


「もしも期日に間に合わなければ、その時はハヴィクをフィリエル工房にお渡しすることを誓います。どうか僕に、一年の猶予を、お願いします……!」

 どれだけ提案しても、ここで頷いてもらえなければ僕にはもう手がない。

 僕は奥歯を噛んでガロアの判断を待った。


 やがてガロアは僕から離れてソファの側へと戻ると、モリドナに小さく囁いた。

「……モリドナ様。一年、待ってはみませんか?」

「いやしかし、ガロア殿」

「シウル・フィーリスの創ったヒエンコは素晴らしい招来獣です。その彼が、新たに戦闘に特化した招来獣を三体も用意すると言っているのです」

 ガロアの声は、とても楽しげだった。

「すぐに一体持ち帰ったところで、戦闘に適さない招来獣が耐え抜く保障もない。後々のことを思えば、待つ価値は十分にあるかと」

「むぅ、そうか?」

 ずいぶんとガロアのことを信頼しているらしい。モリドナは彼の言葉を聞くと鷹揚おうように頷いて僕に向き直った。

「では子ども、お前に一年やろう」

「ありがとうございます、モリドナ様、ガロア様」

 僕は深く頭を下げた。

「必ずや、期待にお応えしてみせます」

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