28話 戦闘用招来獣

 本格的に冬が訪れようという頃、僕は工房長から呼び出された。


「シウル・フィーリス。そろそろ新たな招来獣しょうらいじゅうの創作を始めてはどうだろうか?」

 応接室に入ってすぐ、工房長はそう切り出した。


「戦闘能力を持った招来獣、ですか?」

「そうだ。せっかく金の花を授けた君を、これ以上遊ばせておくのはどうかという声が大きくなってきた」

 眉を寄せた僕を見て、工房長はそっと促すような声で言った。

「もし体調に不安がないようであれば、考えてみてほしい」

 彼は、僕の体調や義父上の一件もかんがみて、ずいぶんとやわらかい言い方をしてくれているようだった。本来なら金の花を咲かせて半年以上経つのに工房にとって何の成果も出せていない僕は、厳しく叱られてもおかしくない立場なのだ。

 僕は姿勢を正して工房長に答えた。

「分かりました。では少なくとも一体、夏までには創ってみます」

「そうか、その言葉を聞いて安心した」

 工房長の言葉は本心だろう。深く息を吐いた彼は僕に言った。

「気が早いだろうが、君の創った招来獣はフィリエル招来術工房に送られることになる」

「フィリエル工房、ですか?」

 フィリエル領は、ここメルイーシャ領の北にあるクウェン北端の地だ。北の大国カルア・マグダとの国境に面していて、戦が始まれば真っ先に駆けつけることができる。

 カルア・マグダとの戦争は本当の話なのだ、と僕は改めて思った。

「実戦に使えると判断されれば量産される可能性もあるだろう。全工房への開示も視野に入れて回路図を引いてほしい」

「……分かりました」

「期待している、シウル・フィーリス」


 部屋を出る前に、僕はちらりと工房長の顔をのぞき見た。

 最近の工房長は心労が大きいのか、僕ほどではないかもしれないが顔色が優れなかった。

 回路図の全工房開示は、本音を言えば遠慮したかったけれど。仕方がない、金の花を授けてくれた彼に少しでも恩を返すのも招来術師しょうらいじゅつしになった僕の大事な仕事だった。


 部屋に戻った僕は、書き散らした設計図の山を漁って机に広げた。それから積まれたスケッチブックの山から目当ての一冊を取り出す。

「何をしているのだ?」

「探し物。工房長に言われてね、新しい招来獣を創るんだ」

 ぱらぱらとページをめくる僕の後ろから、ハヴィクがスケッチブックをのぞき込んでくる。僕は苦笑しながらハヴィクに言った。

「影になるからちょっとどいててね。……あ、あった」


 それは大型の肉食動物、トラと呼ばれる生き物の絵だった。

 二年前、メルイーシャの町に旅芸人の一座が訪れたことがあった。彼らの中に、猛獣使いと派手な毛皮の大きな生き物がいたのだ。

 僕は必死に許可を取って、彼らが町を離れるまでの数日間、トラの檻の前に張りついてめったに見られないその姿を描かせてもらった。

 トラにとってはいい迷惑だっただろう。でも僕にとっては本当に良い体験だった。

 スケッチブックを見返した後でしばらく目を閉じる。……大丈夫。あの時の動きはまだ、しっかりと思い出せた。


 僕はスケッチブックに描かれたトラを指差しながらハヴィクに言った。

「ねえハヴィー、こんな姿の招来獣がいたら強そうだよね?」

「否定はしないのだ」

「でも、これだけじゃ少し印象が弱いかな」

 僕は考える。

 戦闘能力に長けた招来獣ならもっと色々な利点がほしい。

「うーん、ありきたりだけど空が飛べるとか?」

「空ならば私も飛べるのだ」

 ハヴィクが間髪入れずに言った。その声が張り合うような調子に聞こえたので少し苦笑する。

「大丈夫だよ、ハヴィー」

 僕は振り返ってハヴィクを見た。

「これから僕がどんな招来獣を創ろうとも、君が一番なんだからね」

「だが、君は強い招来獣が必要なのだ?」

「それは、僕じゃなくて……」

 ハヴィクはふいと顔を背けてしまう。

 大変だ、何だか本格的にへそを曲げている。


 僕はスケッチブックを閉じると、近くの椅子を指差して言った。

「ね、ハヴィク。ちょっとそこに座って」

「何故なのだ?」

「いいから、座りなさい」

 不思議そうな顔のままハヴィクが椅子に腰かける。僕と彼との目線は、だいたいこれで同じくらいだ。

 僕はハヴィクをぎゅっと抱きしめる。そのまま頬を寄せて、彼の頭をよしよしとなでてあげた。


「……あのね、ハヴィク。僕は、七年かけて君のことを創ったんだよ」

 ハヴィクの耳元で、僕はゆっくりと言った。


「強いとか弱いとか、役に立つとか立たないとか。みんなはそんなことばっかり言うけどね。そんな評価、どうだっていいんだ。誰が何と言おうと、シウル・フィーリスの最高傑作は君。君がいてくれるだけで、僕は本当に幸せなんだよ」


 僕は腕を離すと、すぐそばにある緑色の目をのぞき込んでにこりと笑った。

「これから、誰かに何か言われることもあるだろうし、君自身いろいろ思うこともあるだろうけど。今の僕の言葉を一番に信じてほしいな」

 ね、と声をかけると、真っ直ぐに僕を見ていたハヴィクもゆっくりと頷いた。

「今の君の言葉を、一番に信じるのだ」

「ありがと、ハヴィク」

 もう一度だけハヴィクを抱きしめてあげる。


 それにしても、ハヴィクも他の招来獣にやきもちをやいたり、不安になったりするのか、と僕は少しだけ不思議な気分になった。

 ハヴィクとかぶらないように、翼をつけるなら白じゃなくて猛禽もうきん系の翼にしようと決めた。

「……あ。この間、蔵書室で見た回路図。あれに火を噴く蛇が載ってたね」

 あれを少し調整すれば、この招来獣にも応用できるかもしれない。


「ヒエンコ、かな」

 空を飛び、炎を噴くトラ。強そうだけど、それが人間を襲う姿は想像したくなかった。

 でも、周りにはそれを望まれている。

 それを知って、そういうものを創らなければいけなくなると分かっていて、僕は金の花を求めたのだ。

 それが招来術師の役目だというのなら絶対に手は抜かない。良い招来獣を創ろうと決めた。

 僕はトラの姿を脳裏に描きながら、机の上に真っ白な設計紙を広げた。

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