24話 訃報

 あの報せが飛びこんできたのは、穏やかな秋の午後のことだった。


 その日も僕は蔵書室にいた。

 静かな室内には何人かの工房生が訪れていて、僕は彼らの様子に気を配りながら新しく支給された蔵書に目を通していた。

 リディア工房の術師、カーリーフの創った新しい招来獣しょうらいじゅうの設計図面。

 自分の作品の図面を、他工房の術師たちに惜しげもなく開示するなんて。きっと余程の自信家か、規定以上の給金をもらっているかのどちらかなんだろうな。僕はぼんやりと考えていた。

 入口の止まり木にはいつも通りハヴィクがいて、ぴくりとも動かずに蔵書室内を眺めている。


 そこに突然、慌ただしい声が響き渡った。


「し、シウル君!」

 入口の方を見ると、司書さまと工房長が並んで僕のことを呼んでいた。ただ事でないその様子に、蔵書室にいた他の工房生たちも何事かと顔を上げる。

「どうしたんですか司書さま、工房長さまも?」

 真っ青な顔でこちらを見る司書さまと、険しい面持ちの工房長。

 嫌な予感がした。

「シウル・フィーリス、落ち着いて聞きなさい」

 廊下に出た僕に、工房長がゆっくりと告げた。

「ロアン・シャリエフ・イル・メルイーシャが、亡くなった」

義父上ちちうえが?」

 急な話に、喉が引きつるように鳴った。

「ど、どうして? 事故、ですか?」

 最後に会った時の義父上の様子が頭に浮かぶ。病気を患っているようには見えなかったし、もしそうならハルビオが知らないはずがない。

 僕の問いに工房長は首を振る。辺りをうかがうと、ぐっと声を抑えて、僕だけに聞こえるように言った。


「他殺の疑いがあるらしい」

「……え?」

「急に胸を押さえて苦しみ出したそうだ。……直前に出たビスケットから、弓の木の種と思われる毒が出たという話だ」

「ハルビオ君がさっきね、メルイーシャの本邸ほんていに向かうって。しばらく戻れなくなるからシウル君に伝えておいてほしいって」

「シウル・フィーリス。君はしばらく工房から出ない方が良い。今、メルイーシャ本邸は危険だ。ロアンの死に皆が神経を尖らせている」


 司書さまと工房長の言葉は、途中から耳を素通りしていた。

 毒殺。弓の木の毒。

 胸を押さえて苦しんでいた……?

 どこかで聞いた話だ。それは、……そう、他でもない義父上から聞いた話ではなかっただろうか。

「ぁ……っ!」

 思い出した途端、ぐらりと視界が揺らぐ。

 立っていることができなくなって、僕は廊下の床に両膝をついた。


「し、シウル君、大丈夫かい?」

 司書さまがおろおろと僕の背中をさする。ひどい吐き気を抑えながら僕は言った。

「……し、司書さま。今日は、部屋に戻っても?」

「あ、ああ、かまわないよ。立てるかい、誰か人を頼もうか?」

「へ、平気です。……ハヴィク、ハヴィク!」

 半ば悲鳴のような声で蔵書室にいるハヴィクを呼ぶ。すぐにカツカツと爪音を響かせながら白い鴉が僕の前にやってきた。

 緑の目が、廊下にうずくまった僕の顔を見上げる。


「……第一形態。僕を、部屋まで運んで」


 きつく目を閉じて伝えると、すぐに二本の腕が僕の体を持ち上げる。側にいた司書さまと工房長が息をのんだ気配がした。


「シウル・フィーリス、それは……」

「は、ハヴィク君なのかい?」

 二人だけじゃない。廊下の先や蔵書室の中から、ざわめくような声が聞こえてきた。

「すご、今の見た?」

「変身?」

「あれが、シウル・フィーリスの創った……」

「特別な招来獣?」

「こ、こらこら、みんな!」

 司書さまが野次馬たちに向かって声を上げた。

「蔵書室は静かに本を読むところだからね。さあさあ、戻って戻って!」

 廊下を進むハヴィクの背中越しにそんな声を聞きながら、僕は彼の胸にしがみついていた。


 ハヴィクは研究棟を出て、居住棟にある僕の部屋へと向かう。嗅ぎ慣れた自分の部屋の匂いがしてはじめて、僕は深く息を吸い込むことができた。

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