13話 挫折と考察、そして観察
その年の秋、僕は八種類の検定試験に全て合格した。
紺色の制服に留められた、ひんやりと輝く銀の昼顔の記章。僕は入門して三年目で銀の花を咲かせたのだった。
ついに、僕は
数回の座学の後で、初めて入った研究棟の演習実験室。僕はわくわくしながら招来術の演習に臨んだ。
けれど、理想と現実は違うものだと僕はすぐに思い知ることになった。
初めての演習内容はキツネモドキを創るというものだった。
キツネモドキは、設定としてはかなり簡単な部類に入る
それなのに。
出来上がったキツネモドキを見て僕は
僕の創ったキツネモドキは、自然の生き物とは言えないような姿をしていたのだ。
浮かぶ骨の形状もどこかいびつで、毛並みはどろどろとしていて。まるで、触れれば崩れてしまう下手くそな粘土細工のようだった。焦げ茶色の瞳だけが妙にきらきらとしていて、演習台の上にちょこんと座って僕を無言で見上げていた。
「初めて創ったにしては上出来だよ、シウル君。普通なら獣の形に整えるだけでも数か月はかかるのに。さすがはメルイーシャの期待の星だ」
先生の褒め言葉は僕の耳を虚しく通り抜けた。
(このままじゃ、だめだ)
僕の心に浮かんだのはその一言だった。
今の僕の実力では、自分の夢を叶えることなんて、望みの招来獣を創り出すことなんて絶対にできない。
だって、一番簡単だと思っていたキツネモドキでさえ僕の思う半分も形にできなかったのだ。
それは、工房に来て初めて知った挫折感だった。
授業が済んで廃棄処分されるキツネモドキを眺めながら、僕は痛くなるほど両手を握りしめた。
その日の夜、僕は毛布にくるまりながらベッドの中でずっと考えていた。
今日の演習、四精石の配置もトフカ語の組み立て方も完璧だったはず。
だとしたら僕に足りなかったものは何だ?
どうすればあのキツネモドキをもっと自然な形にできただろうか?
夜明け方まで考え抜いて、僕は一つの結論に至った。
僕に足りなかったのは強い心象、イメージではないだろうか。
僕は今まで招来術は計算だと考えていた。
完璧な設計図と回路図を引き、適切なトフカ語でもって呼びかければ良い招来獣ができるのだと。そう信じていた。
けれど違うのだ。
大切なのは、僕が「良い」と考えるキツネモドキがどんな姿をしているのか。どんな声で鳴きどんな仕草をするのか、毛並みの一本一本まで鮮明に思い描けるような想像力だったのだ。
僕はようやくそんな自分なりの答えにたどり着いた。
次の日、僕はハルビオからいくらかのお金をもらって町の画材店に向かった。
何冊ものスケッチブックと鉛筆を買った僕は、それから毎日、目に映る生き物の
研究棟で見つけたネズミ、カエデの木立に止まるカラス、町の通りで客待ちをする辻馬車の馬。時にはハルビオに頼みこんで郊外にある農家まで鶏や羊や山羊を見に行ったりもした。
「シウル・フィーリス、絵描きに転身」なんて、まことしやかに囁かれるからかいの言葉は、全部無視した。
冬が近づく中、僕は体調の許す限り色々な場所に出かけては動物たちの姿を描き、その動きをページと頭の中に刻みつけていった。
その年の冬は特別寒く乾燥した日が続いた。
慣れない外出が祟ったのか、僕はよく体調を崩した。せっかく受けられるようになった招来術の授業も、その冬は数回しか受けることができなかった。
僕はベッドの上で描きためたスケッチブックを眺めた。高熱にやられてそれすらできない時は、目を閉じたまま、僕の創りたい理想の招来獣を脳裏に想像し続けた。
それが今、僕に必要なことだと信じて。
細い枯れ木が風に耐えるように、冬が過ぎるのを待ったのだった。
その成果は、翌年の演習で格段に現れた。
「……いやあ、ここまで上達が早いとは。信じられないよ」
そう言って演習の先生が見下ろしたのは僕が創った一体のキツネモドキだった。
耳はぴんと張り、明るい赤茶の毛皮は光を受けてつやつやと輝いている。ふかふかの大きな尻尾を丸めて小さくあくびをするキツネモドキは、最初に創った頃のキツネモドキよりもずっと自然な姿になっていた。
「シウル君。今日の君の作品、ぜひ工房長に見せたいと思うのだけど、どうだろうか?」
先生の言葉に、一緒に演習に参加していた数人の工房生がざわりとしてこちらを向いた。
金の記章、正式な
工房長に創った招来獣を見てもらうというのは、つまり、そういうことだ。
「はい、お願いします。……行っておいで」
キツネモドキの額を撫でると、創ったばかりのキツネモドキは僕の手に鼻先を押しつけながら甘えたようにくぅ、と鳴いた。
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