11話 お祭りに連れてって!
大きな目標ができた僕は、ますます勉強に没頭していった。
翌年、僕は四つの検定試験に合格した。
工房の先輩方は何も言わなくなり、そして僕に全く近寄らなくなった。一人で勉強ばかりしてるつまらないやつ、もうあんなの放っておこう。きっとそんな風に思われたのだろう。
工房生活三年目に入った僕の前にはあと二つ、クウェン史とフェーダ神学の試験が残るだけになっていた。
もちろん試験に合格したといっても、そこから受けることになる上級授業というものはあるけれど。僕の頑張りによってそれらも少しずつ免除されることが増えていった。
僕は空いた時間を蔵書室での読書と、自分の夢を叶えるための設計図の構想に使うようになった。
日だまりの匂いがにじむような春の日。
いつものように蔵書室で
「ねえ、シウル君。君の熱心さは本当にすごいと思うよ」
彼は僕がもう
「でもね、もう少し頭と体を休めた方がいいよ。この間だって君、急に倒れて部屋に運ばれたじゃない」
「あれは、少し無理をしすぎちゃっただけで……」
僕は数日前、司書さまの目の前でめまいをおこして倒れていた。
ハルビオからは疲労だと言われて、それから数日は部屋で無理やり療養をさせられてしまった。もちろん彼の監視付きで。
「もう本当に大丈夫ですよ、司書さま」
そう言って笑って見せたけど、司書さまは曇り顔のままだった。
「そんな
「え、えっと……」
「それに君、この二年間帰省どころか、工房の敷地から一歩も外に出てないんでしょ」
僕はうっと言葉につまる。
司書さまの言葉は図星だ。
工房に入って以来、僕は自室のある居住棟と教室や蔵書室のある研究棟を行き来する以外に外出することなんてなかった。
「そりゃあ、遊びすぎるのも良くないけどね。良い結果を出すにはちゃんと息抜きもしなきゃだめだよ」
「息抜き、ですか」
僕はあいまいに言って首をかしげた。
息抜きと言われても、今まで満足に外出した経験もない僕には工房の外に何があるのか、何をすれば良いのかも分からない。いまいちぴんと来ないというのが正直な感想だった。
司書さまはそんな僕を見て小さく息を吐くと、ふと思い出したように言った。
「そうだ、こんど町で
「降翼祭?」
「うんうん。君、たしか残りの試験がフェーダ神学って言ってたでしょう。あれはフェーダの祭礼だし、行って損はないと思うよ」
「祭礼、……お祭りかぁ」
外の世界にうとい僕にだって、お祭りが何となく楽しいものだという印象はあった。それがどんなものなのか見てみたいという好奇心だってある。
「そうですね。ありがとうございます、司書さま」
僕はそう言って司書さまに頷いた。
けれど実際のところ、お出かけ初心者の僕にフェーダのお祭りなんて、考えただけで難易度が高そうだった。
きっと、そういう時は町に詳しい友達なんかに頼るものなんだろうけど。残念ながら僕に友達がいないのは周知の事実だ。
だからといって一人で町に出るなんて無謀なことをする勇気、僕にはない。
「……シウル様、いかが致しましたか?」
夕食時までそんな物思いにふけっていた僕に、側に控えていたハルビオがそっと声をかけてきた。
「え、なに、ハル?」
「手が止まっております。体調が優れませんか?」
「そ、そんなことないよ。ほんとほんとっ」
具合が悪いと思われてまたベッドに押しこまれても困る。僕はすぐに首を振った。
そこではっと気づく。
ハルビオなら町に詳しいだろう。
それに頼りになるし、安心だし。一緒にお祭りを見て回ってくれる人にぴったりなんじゃないだろうか。
ただ、それを彼に伝えるのはちょっと勇気がいる。
勉強とはぜんぜん関係のない僕の息抜きに、彼はついてきてくれるだろうか。もしお願いして、彼に迷惑そうな目でも向けられてしまったら。
考えがぐるぐると頭の中を巡った。
「シウル様」
そんな僕の迷いなんて、いつも側で見ているハルビオにはお見通しだっただろう。
「何か気がかりがございましたら、おっしゃって下さい」
「……えっと、えっと」
視線をさまよわせた僕は、やがて大きく覚悟を決めるとハルビオに向き直った。
「あのね。今度、降翼祭ってお祭りが町であるらしいんだけど」
上目遣いにうかがった
ああ、やっぱり言わない方が良かったかも。でも今さら止められないし。
「じ、実は僕、それに行ってみたいな、……なんて。それでね、えっと」
「かしこまりました、お供致します」
間髪入れずにハルビオが答えた。
その迷いのなさに僕の方が逆に戸惑ってしまう。
「え、え、いいの?」
「はい」
僕を見下ろしたハルビオの顔は、少しだけ面白がっているようにも見えた。
「無茶な要望でない限り、貴方様のわがままにはできるだけ応えるようにとロアン様に言われておりますので」
「でも、迷惑だったりしない? それに僕、お金とかぜんぜん持ってないし」
「問題ありません」
ハルビオはさらりと僕に言った。
「実はロアン様からシウル様へ、毎月お小遣いが出ております」
「え、おこづかい?」
僕が目を丸くすると、ハルビオが苦笑して頷く。
「丸二年分、全くの手つかずで困っておりましたので。この機会にぜひとも使って頂きたく存じます」
「そ、そうなんだぁ」
ハルビオが意外と乗り気なので驚いたものの、もちろん嬉しかったので僕は笑顔で彼に言った。
「じゃあハル、お願い。僕をお祭りに連れてって」
頷いたハルビオは改めて卓の上の食事に目を向けた。
「ただ、祭りの人込みは体力を消耗致します。しっかりとお食事をとって、当日まで決して無理はなさらぬように」
ついに面と向かって釘を刺されてしまった。
僕は小さく肩をすくめる。
「はぁい。初めてのお出かけだもの、君の指示に従います」
そう言って苦笑しながら、僕は目の前の食事に手をつけ始めた。
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