10話 義父上からの贈り物

 そんな義父上ちちうえから贈り物が届いたのは、部屋の窓から見下ろすカエデの葉が紅く色づいた頃。

 ちょうど僕が測量算術の試験に合格したすぐ後のことだった。

「ロアン様が、これを貴方様にと」

 義父上への定期報告から帰ってきたハルビオが僕の部屋を訪れてそう言った。


 差し出されたのはつやつやとした質の良い封筒と、鍵のかかった小さく頑丈な小物入れだった。

「義父上から?」

 工房に入って以来、彼からは月に一度くらい手紙が届く。けれどそれ以外のものが一緒に届いたのは初めてのことだった。

 僕は少し緊張しながらハルビオに手を伸ばした。

「たしかに、お渡し致しました」

 一礼したハルビオはすぐに僕の部屋から出ていった。僕の部屋の隣が彼に用意された部屋なので、そこに戻るのだろう。


 いつもと同じ、宛名のない封筒。裏返すと真っ赤な蝋で封がおされている。

 僕はごくりと息をのんだ。

 義父上からの手紙はいつも心臓に悪い。

 感謝はしているけれど、やっぱり彼は、僕にとってよく分からない気まぐれで恐ろしい人だった。

 もしこの手紙に『もう君には飽きたから、招来術師しょうらいじゅつしになるのは諦めなさい』なんてことが書いてあったら、……僕はその言葉に逆らうことはできないのだ。

 深く息を吸い込むと、そっと手紙の封を開けた。

 中にはほのかにスズランの香りを染みこませた便箋びんせんと、小さな銀色の鍵が入っていた。たぶん小物入れに使う鍵だろう。


 僕はまず、手紙の方に先に目を通すことにした。


『シウル君、二つ目の試験合格おめでとう。

 やはり君は僕の期待を裏切らなかったね。

 これなら思いのほか早く銀の花を咲かせて、

 僕の届かなかった金の花にまで手が届いて

 しまうかもしれないね。

 その日が来るのが本当に楽しみだよ。

 そんな君にささやかな贈り物を用意したよ。

 合格祝い、というやつだ。

 君もいずれ自分だけの招来獣を創るだろう。

 来年の君の誕生日、欲しいものはハルビオに

 伝えると良い。

 僕の関心が薄れてなければ、可能なかぎりは

 叶えてあげるよ。


 君に幸あれ              』


 崩し字の少ない、意外と几帳面な義父上の文字。

 けれど内容は彼らしい自由奔放な、まだ僕のことを面白いと思っていることが良く分かるものだった。とりあえず安心する。


「それにしても、義父上からプレゼントかぁ?」

 一体何だろうと首をかしげながら、僕は銀色の鍵を小物入れの錠に差し込んだ。かちりとかみ合う音がして鍵が開く。

 その中身を見て、僕は息をのんだ。

 滑らかな絹張りの台座に収められていたのは、澄んだ輝きをした緑の結晶だった。


 宝石としての価値も高い、上質な四精石しせいせきの結晶。


「しかも、これ、かぜ融和ゆうわ。うそ……」

 僕はふたを閉めると辺りをうかがった。

 自分の部屋だと分かっていても誰かに見られていたらと思うと心臓がどきどきした。

 僕は震える手でもう一度小物入れを開けると、そっと目の高さまで掲げた。

風精石ふうせいせき第三晶だいさんしょう、……義父上、ちょっとお金持ちすぎ」


 四精石には四色ししょく四晶ししょうによって採れやすさ、採れにくさがある。

 地精石ちせいせきはどの鉱山でも比較的採れやすいとか、火精石かせいせきでは第四晶だいよんしょう寛容かんようがめったに採れない貴重品である、みたいなやつだ。

 風精石は四色の中で一番、採掘量が少ない。

 風精石の第三晶、風の融和となれば結晶一つで町に大きな家が建つほどの価値になるだろう。そんなものを六歳の養子こどもにぽんと贈ってしまう義父上の気が知れない。

 冷や汗を流す僕の視線の先で、燭台しょくだいの明かりを吸い込んだ風精石はきらりと瞬いていた。

 緑色の奥にはかすかに流れる金の筋が見える。

 四精石の煌遊こうゆうを実際に見るのは初めてだった。質の良い四精石の特徴であるそれは本で読んだ通り、緩く規則的な動きで揺れていた。


(そういえば、あの人もこんなきれいな緑色の目をしてた)


 輝く色に目を奪われた僕は、ふとそんなことを思った。同時に義父上からもらった手紙の内容も。



『──君もいずれ自分だけの招来獣しょうらいじゅうを創るだろう』



 その瞬間、僕の全身に今までにない衝撃が走った。


 今まで僕の夢は、立派な招来術師になることだった。

 もう二度と会えないのなら、せめてあの人の背中に少しでも近づきたい。その思いを胸にここまで来た。


 でも、もしかしたら、会えるかもしれない。


 あの人の姿を模した、人型の招来獣。

 そんな構想が僕の頭にぱっと浮かんできた。

 僕がこれから必死に研究すれば。

 完璧な設計図と回路図を描き、詠唱文を組み、それを実現するだけの四精石が集まれば。

 もう一度あの人に会えるかもしれないのだ。


 僕は小物入れに再び鍵をかけると、ベッドの縁に置いてある神話の本の上にそっと乗せた。それからもう一度、義父上からの手紙をじっくりと読み返す。


「来年の誕生日、欲しいものはハルビオに。これって、来年は欲しい四精石をお願いして良いってことだよね?」


 そう呟いて、僕は部屋の中で密かに笑った。

 あの人から教わった招来術しょうらいじゅつを使ってもう一度あの人に会う。その思いつきはどうしようもなく僕をぞくぞくさせた。こんな気持ちは生まれて初めてだった。

 熱くなった息を一つ吐くと、僕は机に向き直って基礎学科の教本を開いた。


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