第二章 ハヴィクを辿る道

8話 メルイーシャ招来術工房

 ハルビオと相談を重ねた後で、僕は六歳の誕生日が過ぎた肌寒い春の始めにメルイーシャの招来術しょうらいじゅつ工房へと入門した。


 僕の入った当時、メルイーシャ工房には工房長を含めた数人の招来術師しょうらいじゅつしと座学を教える教師たち、そして三十人程度の工房生がいた。

 彼らの年齢は十代前半から二十代半ばくらいまでと様々だったけれど、僕が工房に入ると、みんな戸惑いを隠しきれない様子だった。

 まず僕の年齢のこと。

 工房生は普通、十歳前後で工房入りする。六歳で工房入りした人間はメルイーシャ工房史上初めてのことらしかった。

 それから、僕がメルイーシャの養子になっていることや、病弱であることを理由に色んな免除を受けていること。そのどれもが、今までの工房の慣例になかったことらしい。


 僕の噂は飛ぶように、たちまち工房中に広がったようだった。


「……ほら、あの黒髪のが」

「シウル・フィーリスってやつ?」

「工房の推薦をもらうだけじゃなく、メルイーシャの家から名前までもらったんだって」

「あのチビ、そんなに才能あんの?」

「それがさ、あいつトフカ語の検定試験、入って四日で合格したって」

「うそっ、俺まだなのに……」

「でも、なんか感じ悪いよな」

「病弱だか知らないけど、使用人まで連れてきてさ。食事も毎回部屋で摂ってるんだろ」

「工房長が許可を出したんだって」

「お高くとまってるよな、田舎者のくせに」


 まあ、先輩方にしてみれば面白くなかっただろう。

 一番新入りで年下の僕が、何年も前から工房にいる彼らよりも良い待遇を受けているのだ。えこひいきだと、鼻持ちならないやつだと思われても仕方ないことだった。

 それでもあからさまな嫌がらせがなかったのは、たぶん、彼らにメルイーシャの家を敵に回す度胸がなかったからだ。

 だって、ここはメルイーシャ領の工房だったから。

 養子とはいえメルイーシャの名前を持つ僕に下手なことをすれば、工房を追い出されるのは彼らの方なのだ。

 かといって、僕とあえて仲良くなろうとする人も特にいなかった。

 もし僕が本当にメルイーシャの血を引いていたら別だったかもしれないけど。彼らにだって招来術を修める工房生としてのプライドがある。


 そんなわけで、僕は工房で友だち一人作れない孤立した子になっていたけれど。そんなの工房に来る前のあれこれとに比べればものすごくささいなことだった。


 工房に入った僕は、少し前までの何も持たない役立たずな子どもじゃなくなっていた。

 義父上が与えてくれたメルイーシャの名前は、僕を護る盾になってくれた。

 それに友だちはいなくても、僕の側にはハルビオがいてくれた。

 授業が終わって部屋に戻ればいつも、彼が話し相手になってくれる。……といっても彼は無口だから僕が話したいことを勝手に話すだけだったけれど。

 安心して、心を許して話せる人が毎日そばにいるなんて、はじめてのことだった。彼に何でも話せるおかげで、僕は新しい生活の不安もあまり感じずに過ごすことができたのだった。


 そうして僕は工房での日々を勉強に費やした。

 工房の先生方は僕の名前や年齢にかかわらず、頑張れば頑張った分だけ僕を評価してくれた。

 僕のことをうっとうしく思う先輩方だって、僕が真面目に勉強して良い成績を出している限り何も文句は言えないのだ。

 勉強。

 そう、勉強はとても楽しかった。

 工房では誰の視線も気にすることなく好きなだけ勉強ができる!

 成績が上がれば褒めてもらえる!

 そして、知識を得るたびに、あの人に近づいてるというたしかな実感があった!

 これ以上の幸せがあるだろうか!

 そんなかんじで、僕は工房での生活に没頭していったのだった。

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