6話 冬を越す星

 その年の冬を、僕はハルビオと一緒にメルイーシャの別邸べっていで過ごした。何人か使用人はいたと思うけれど、基本的に僕の世話はハルビオが一人でこなしていた。

 彼が僕に教え込んだのは教養よりも何よりもまず、わがままになれ、というものだった。


招来術しょうらいじゅつ工房に入門するような者は、領地経営に参加できない下級役人の子弟、その次男や三男がほとんどです。領主から推薦を受けた頭の良さだけを唯一の拠り所にしている男たちなので、プライドも大変高い」

「は、はい」

「ですので、貴方様にもそのように振る舞って頂きます。……目は伏せない」

「ご、ごめんなさい」

 注意されたものの、周りの大人たちの顔色をうかがって過ごしてきた習性はなかなか変わらない。すぐに顔を伏せて身を縮めてしまう僕に、ハルビオは根気強く付き合ってくれた。


「難しいなら、あの方をお手本にされると良いでしょう。メルイーシャ家の四男ということで幼き頃より自由奔放、今でも大人げない振る舞いばかりをする御方です」

「ろあ、……ち、義父上ちちうえを?」

 注意されたことを思い出して僕は言い直す。

「お父さま」とはどうしても呼べなかった僕にハルビオが示してくれた代案だった。

「思ってもみて下さい。あの方が私に対して『ごめんなさい』などと殊勝な言葉をかけると思いますか?」

「いいえ、……ううん、思わない」

「その調子です。今日は一日、あの方の真似をするゲームを致しましょう。上手くできたら、本日の夕食にデザートをお付けします」

「う、ん、……がんばる」

 結局その日はそこまで上手く真似することはできなかったけれど。きっとハルビオは事前に準備していたのだろう、夕食の後に焼き立ての甘いアップルパイを出してくれた。


 ハルビオは行儀作法や勉強の他に医術にも詳しいようで、僕が冬の空気で体調を崩した時も淡々とした顔で看病をしてくれた。そうして義父上の要望どおりに、様々なことを僕に教え込んでいったのだった。

 工房生活のあり方、工房生にふさわしい受け答えや立ちふるまい、新しい経歴の暗記や染め粉を使った髪の染め方。

 何を聞いても、どんな失敗をしても怒らずに接してくれるハルビオに、僕も少しずつ距離を縮めて懐いていった。たまに見せる満点だと頷く彼の顔がもっと見たくて、義父上についての質問を重ねたりもした。


「ね、ハル。義父上はメルイーシャ工房にいたの?」

「ええ、一時期は。要領の良い方ですし勉強もできたので、銀の花までは苦もなく咲かせられたようですが。その後すぐに工房を辞めてしまわれました」

「どうして、……待って、考える。……もしかして、飽きちゃったから?」

「正解です。本人は才能がなかったからとおっしゃっておりましたが、一つの物事に打ち込むことを苦痛に感じるような御方ですので」

 そんな風に感じる人もいるものなんだ、と僕はハルビオの話を聞いて不思議な気持ちになった。


 そうして冬も終わりかけたある夜のこと。

 暖炉の火が赤々と燃える部屋の中で、ハルビオは食事をしていた僕に静かな声で告げたのだった。

「ロアン様と、お会いしてみますか?」

 食後に出されたアップルパイにフォークを入れていた僕はハルビオをきょとんと見上げた。

「それって、義父上に見てもらうってこと?」

「できるだけ早い方が良いというのが、あの方の要望でしたので」

 側に立つハルビオが頷く。

 彼は僕と一緒の席には着かない。いつも僕に付ききりで、思えばいつ食事を摂っているのかも分からなかった。

「不安でしたら、もうしばらく時間をかけることも可能です。招来術工房に入る一般的な年齢は十歳前後、貴方様はまだ」

「ううん、会いたいな」

 遮るように言うとハルビオが無言で僕を見た。

「僕、はやく工房に行きたい。招来術師しょうらいじゅつしになりたいんだ、義父上が僕に飽きる前に」

 そう言って、にこりと笑みを浮かべてみせる。

「それに、ハルは今の僕なら大丈夫だって思ったんでしょ?」


 最近はハルビオに言動を注意されることもだいぶ減った。その代わりに表情のない顔で、鋭い目で、僕がシウル・フィーリスになれているかを見定めているようなことが多くなった。

 今だってそうだ。


「緊張は、されていませんか?」

「どうして?」

 ハルビオの視線を、シウル・フィーリスは真っ直ぐに受け止めてみせる。

「義父上に初めましてを言うの、すごく楽しみだよ。待ちきれないくらい」

 僕をじっと眺めた後でハルビオは小さく頷いた。

「貴方様は本当に、のみこみが早くていらっしゃる。……茶会を手配致しましょう」

「ありがと、ハル」

 僕はテーブルに向き直ると少しだけ冷めたパイに口をつけた。

 初めて食べた時からアップルパイは大好きだったけれど。その日は不思議と、全然味がしなかった。

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