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「クルセイダーさん!」
全てを使い果たした彼のもとに、レオナルドが駆け寄ってきた。若い女を抱えている。どうやら無事に婚約者を救出できたようだ。
「他の四人は?」 クルセイダーが問いかける。
レオナルドが抱えるのはただ一人だったのだ。彼の援護に向かった団員も引き返してきたが、他人を連れてはいなかった。
連日、巷を騒がせた貴族誘拐事件の被害者は計五人。全員が洞窟に監禁されているとばかり思っていたが、勘違いのようである。
大仕事を完遂したにも拘わらずレオナルドの表情が浮かばないのも気がかりだ。心なしか、彼女を助ける前よりも現状を危惧するようにすら見える。
「ここにはいないわ。それより聞いて。罠よ! 王都が落とされる!」
レオナルドに抱えられたまま、少女はヒステリックに叫んだ。ウィンスレット家第一王女ーーベアトリス・ウィンスレットである。
「ミサイルだ、クルセイダーさん」 レオナルドも早口でまくし立てる。 「ブリタニック王都に着弾する」
ーーミサイル? 王都に着弾?
飛び交う単語の現実味のなさに、クルセイダーは言葉が出なかった。ただ二人の慌てようを見れば、事態が急を要するのは明らかだ。
「とにかく、話を聞いて」 ベアトリスはそう前置きし、彼女が監禁されていた状況について語りだした。
◇◇◇◇◇◇
禍々しい入り口から続く、薄暗い一本道の終着点。散々焦らした結末にはふさわしくない、小さな空間がそこにはあった。
円柱型にくりぬかれたような空間で、窮屈なく過ごせるのは五人が限界だろう。天井からは埃まみれの照明が一つ、力なくぶら下がっている。
男が二人、女が一人。空間には三つの人影があった。
高尚なドレスに身を包む少女が床中央に座らされている。彼女は背中で手を縛られた上に、口回りも布で締め付けられていた。
その少女を面白がって眺めまわす男どもは、漆黒のローブを身に纏っている。
「おい嬢ちゃん、一度しか言わねえからよく聞きな」 男の一方が低い声を出す。
「ブリタニック王都にミサイルが落ちる。それも、お前の婚約者の家にな」 もう片方が続けた。
「ミサイルの弾頭には爆薬が仕込まれてる。何かに衝突すればその衝撃で大爆発を起こし、王都にいる国民を皆殺しにする代物だ。王都は壊滅するんだよ、どうだ? 怖いか?」
男どもはこの状況が愉快でならないようだ。二人して汚らしい薄ら笑いを浮かべ、少女の反応を楽しんでいた。
少女の口を覆う布の隙間から荒い息が漏れる。彼女の目は血走り、逆上のあまり体が震えていた。
「そう怒るな。俺たちがご丁寧に教えてやってんだぜ?」
男はそう言って、少女の口を包む拘束をほどいた。
「そんなことして、何になるのよ!」 口が自由になるや否や、甲高い声で少女が叫ぶ。
「言っただろ? 一度しか言わねえってな」
開いた彼女の口に、男は錠剤を突っ込んだ。続けざまに水を流し込み、薬を無理やり飲み込ませる。
「すぐに永眠する。手前で少し眠らされようと問題ないだろう?」
◇◇◇◇◇◇
組織は三十年前、田舎の小店を経由してアージテイルが持つ機密情報を盗んだ。そうロンドンから聞いた。何か強力な兵器の開発を企んでいる、とも。
しかし、当時最強の兵器は大砲を備えた戦車である。威力もたかが知れている。どれだけうまく改良したところで、王都が崩壊する兵器の誕生は信じがたい。
けれどベアトリスの鬼気迫る表情は、懸案事項が夢であってはくれないことを十分に物語っている。
ーー組織の真の野望は不明だった。王国が血に染まる......
「肝心の時刻は教えないってか。野郎、弄びやがって」 クルセイダーはうつむき、地に唾を吐いた。
「半刻後よ。確かに弄ばれてるわね。全力で引き返せばぎりぎり
ベアトリスがきっぱりと言い切る。
「わざわざ落下点までほのめかして、まるで私たちを誘ってるみたいね」
「僕らを含めて皆殺しにするのが、連中の本望なのでしょう。ミサイル着弾の事実を知った僕たちは、必ず慌てて引き返す。それ想定したうえで、王都に落とす時刻を設定したに違いありません」 レオナルドは言い添えた。
「......何故それを?」
話を聞く限り、ベアトリスは薬を飲まされて眠らされたはずだ。クルセイダーが視線を上げると、その先にあるのはベアトリスの得意げな顔だった。
「睡眠薬なんて、私には効かない」
レオナルドがくるりと背を向けると、担がれた王女の右足には大きな切り傷がある。
「奴ら詰めが甘くてさ、手首から先は動かせたのよ。私が持ってたナイフも没収されなかったし」
ーー痛みで眠気をかき消したのか。名家生まれのお嬢ちゃんが、ちと生意気が過ぎるぜ。 クルセイダーは感心した。
「あいつらしきりに時計を気にしては、ぶつぶつ言ってたわ。私が起きてるのにも気づかないほど熱心にね」
「底が知れんな、若者ってのは。本当に、大した勇気だよ。よくやった」 クルセイダーはにっこりと笑った。
ーーお前にそっくりだ。なあ? ......フロイド。
「年配者がへばってちゃ、顔が立たねえな」 さしものクルセイダーも限界は近い。
彼は倒れている組織の一人から身ぐるみをはぎ、黒い布を腹部に強く巻き付けた。これで気休め程度にはなるだろう。止血にも多少の役を買ってくれるはずだ。
「どれだけ絶大な天災だろうと、予見さえできれば対処の仕様がある。あきらめるにはまだ早い。ロンドンを起こせ。全速力で王都に戻る」
◇◇◇◇◇◇
外に出れば、案じていた雨が降り出している。空は黒く染まり、ぱらつく水滴のせいで視界が悪い。
クルセイダーとその弟子。加えて彼の父親と婚約者、生き残った数名の騎士団員。洞窟を抜け出した一行に、元居た二十七名の面影はなかった。
「急げ」
馬の脇腹を蹴り、元来た道を全力で引き返す。行きとは違い、部隊の指揮はクルセイダーが執った。
ロンドンの足傷は見かけ以上に深刻のようだ。未だ血の止まる気配はなく、貧血気味なのか顔面が青白い。
口を利くのもままならない様子である。その状態で馬を乗りこなせるわけもなく、ロンドンは縄で息子と体を固定し、彼の後ろでうなだれていた。
負傷から一定の時間が経過しようと、勢いの弱まらない出血。クルセイダーはふと、嫌な予感がした。
「なあ、レオ。お前の親父、まさか......ヴィネザールに?」
ロンドンの左足の付け根には、今なお短剣が突き刺さっている。
「ええ。父上を刺したのは奴です」
ーーちっ、何で今まで疑わなかった。
自責の念に駆られるのも早々に、クルセイダーは馬を弟子のそれに寄せる。すぐにロンドンの足から短剣を引っこ抜くと、不自然なほど血が噴き出してきた。
刺された刃物を抜けば、かえって大量に出血する。武人はもちろん、人間だれしもが知りえる常識である。その常識を、ヴィネザールは逆手に取ったのだ。
血流増強剤。ヴィネザールが服用したそれと同じ成分が、彼の短剣にも塗られていたに違いない。
傷を負ってからかなりの時間が経つ。毒薬は体へ十分にしみ込んだのだろう。傷跡は大して深くないものの、血液の放出がうち続いており、ロンドンの命は着実に蝕まれていた。
直ちに、クルセイダーは部隊を止める判断を下す。自らの腹に巻き付く布をはぎ取り、これでもかとばかりロンドンの足傷を締め上げた。
力一杯の緊縮もむなしく、出血に弱まる兆しはない。仕込まれた毒の効果は相当なものであった。
ーーまずいな。
ロンドンは大量の血を流し、まともに会話できないほど衰弱している。このままではいずれ、彼の命の火は消えるだろう。
「ロンドン! おい、何とか言え!」 隣の馬上で息子に支えられる団長に、クルセイダーが呼びかける。
返答はない。彼の虚ろな眼差しは、現実世界をとらえていないようだ。
「野郎!」 クルセイダーはさらに馬を寄せ、ロンドンの心臓部を殴りつける。
意識がはっきりしたのか、単に打撃の衝撃のせいかは分からない。ただ間違いなく、ロンドンの眉がピクリと動いた。
「十七年前、俺はたかが足傷でへばる雑魚の頼みを聞いた覚えはねえぞ」
今度は確かに目が合った。ロンドンのさまよう意識は、ようやくこちら側に傾いたようだ。
「......同じく、土壇場で喚き散らす鼻たれに頭を下げた記憶はねえよ」
ーーふん。上等だ。 クルセイダーはにやりと笑う。
「王都に戻ったら、お前はすぐに残りの騎士団を動かせ。国民を避難させろ。できるだけ早く、できるだけ遠くにだ。王都には、人っ子一人残すなよ」
今こそ騎士団長として気付き上げた信頼の使いどころである。この場で最も声に力がある人間は、疑う余地もなくロンドンであった。
◇◇◇◇◇◇
「僕は何をすべきですか?」 手綱を張りつつ、レオナルドが声を張り上げる。
一時停止も早々に、部隊はブリタニック王都への道を突き進んでいる。
「私は逃げないわよ」 ベアトリスも賛同する。乗馬はお手の物らしく、騎士団の隊列にも問題無く付いてきていた。
ーー若いのが。かっこつけやがって。
「駄目だ。お前らが活躍するのは、もう少し未来の話だよ」 クルセイダーは意味ありげに忠告する。
「未だ行方不明な四人はどうするの? まさか見捨てやしないでしょうね」 ベアトリスが声を荒げた。
「心配するな。俺に当てがある」
ここまでくれば明明白白だ。組織の根本的な計画は、奴らが抱いた真の野望は、ブリタニック王国の崩壊に他ならない。計画自体は何十年も昔からあったのだろう。奴らがブラッド・ブレットと名乗りだした、その時から。そして一連の首謀者こそ、ヴィネザールだったのだ。
組織が弱小武器屋を通して、アージテイルが保持する機密情報を仕入れたのは三十年前。にもかかわらず今日までブラッド・ブレッドの音沙汰がなかったのは、主に二つの理由からだと推測できる。
一つは、甚大な破壊力のある兵器の開発のため。
三十年前の当時、最強とされた兵器は戦車である。大砲を備え、百余りの軍勢を容易に制圧する代物だ。しかし当然のごとく、一国家を滅ぼす威力はない。過程は知ったことではないが、三十年の歳月をかけて、組織は入手した目録に詰め込まれた技術を総決算し、王都を滅ぼすだけのミサイルを作り上げたのだ。
仮に王都が落とされれば、国を支える権力者は軒並みこの世を去る。然らば大多数の国民が自ずと混乱し、各地で内乱が起こるのは避けられない。
最終的には国民の手で王国全土を血に染めあげ、ブリタニックの歴史に終止符を。これこそヴィネザールの宣言、「王国全土が血に染まる」の本質だろう。いかにも快楽殺人者の考えそうな計画である。
二つは、一連の首謀者であるヴィネザール復活のため。
三十年前、彼は五十メートルの崖から転落した。近衛騎士団に追い詰められ、生き延びるために飛び降りる他なかったのだ。
いくら着地点が水だろうと、まず助からない高さではあるが、神は彼を殺さなかった。ただ九死に一生を得ようとも、生死をさまよう重傷は免れない。ヴィネザールが再び動けるようになるまで、かなりの時を要したのは間違いない。
この二つ目が鍵だ。
ヴィネザールは当初の計画に水を差されたばかりか、致命的な痛手を負ったのを根に持っていたのだ。クルセイダーの想像よりはるかに根深く、奴は三十年前の件を恨んでいたのだ。だから王都陥落と並行して、かつての復讐を果たそうとした。
ベアトリスを洞窟に監禁したのは、彼女が言ったように罠だろう。彼女の婚約者の父が従える近衛騎士団に、当時自らを討った組織に復讐するべく餌を撒いたのだ。
王都に数多といる国民と同様に、何も知らせず殺すのでは呆気なさすぎる。ベアトリスの拉致を利用して、洞窟におびき寄せることで時間を稼ぎ、ミサイル着弾の事実を知りながらも為す術なく死にゆく騎士団がお望みだった。大方そんなとこだろう。標的の心身を限界まで削り切る算段で、ヴィネザールは復讐劇を構成したのだ。
ロンドン邸がミサイルの標的にされたのは、おそらく家主が持つ近衛騎士団団長という肩書のせいだ。
以上を踏まえれば、拉致された四人の監禁所として最も可能性が高いのは、ミサイルの着弾点と同じくロンドン邸だ。使用人と妻だけが残る邸宅に侵入するのは造作もないからである。
「大丈夫、すぐに救出できるさ。王都を落とす気なら、敵はここら一帯を離れてるだろうしな」
依然として不安げな令嬢に、クルセイダーが追い打ちをかけた。
「それもそうね」
ーーーーーー
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