第4話

あれから50年、本当に多くの出来事があった。


ガゼルは後日、ルリア殺害容疑で、幽閉されることとなった。


ルリアの死体は見つからなかった。ガゼルが夜、死体をバラバラに切り落としたのち、城の抜け道を利用して遺棄したのだという。


当然、隣国の王族の怒りは計り知れないものがあった。


私たちの国は、隣国の命令に逆らうことなどできるはずもない。


まもなくして、ガゼルは死刑を宣告される。


では、なぜガゼルは今生きているのか。


私が交渉したのだ。衰弱した母を除き、唯一の直系王族である私が。


ある日裁判官、死刑執行人、執事、関係者全員を城の広間に集め、

私は鋭利なナイフを首元に当てた。


『ガゼルの死刑に関して、皆様にお願いしたいことがございます』


戸惑いの表情を浮かべた彼らは、私の首筋がわずかに流血し始めた瞬間、両膝を折り、頭を伏せた。


私がお願いした内容は、こうだった。


『ガゼルには死刑の代わりに、50年の懲役刑を与えます。

ただし、表向きガゼルは死刑ということにします。

もしガゼルが生きていることが隣国に知られれば、国の未来はありません。

このことは、絶対に口外してはいけません。よいですね?』


ただし、執事だけは一つだけ条件をつけた。

それは、『私とガゼルの面会の禁止』だった。私を想う執事は、王女殺しのガゼルと私の面会を危険視した。


私は快く承諾した。それは何ら障害ではなかった。


そして、城の牢に秘密裏に幽閉されたガゼルを抱え、50年という月日が何事もなく経過した。


当時を知る者も、すでに命を落とし、ガゼルの生存を知るものは、ついに私と側近の数名の衛兵だけになった。


…私の作戦の完成は目前だった。


ーーー


「ガゼル」

老いた足を走らせ、私は彼の丸くなった背に追いついた。

深緑豊かな並木道の中で、木々がゆれる音だけが、二人の間を包み込む。


彼が私の方を振り返る。

久しぶりに見た彼の顔は、私の胸をどうしようもなく締め付ける。


「サラ様、あなたには、なんと言えば…」

彼は静かに瞳から涙を流した。


50年前の花畑で、ガゼルの手を取った私は自分の考えた壮大な作戦を耳打ちした。


それは、国とガゼル、そしてルリアを救うための大芝居だった。


そう、ルリアは今もなお生きている。


当時の私はガゼルに聞いた、顔を覆う民族の話を思い出した。

そして、ルリアにその民族に紛れて50年間、身を隠すよう伝えた。


ルリアは私の作戦の全貌を聞くと、涙を流しながら私を抱きしめた。

その瞬間、彼女の精神は確かに昔のように戻った。

そして、彼女は固く頷いた。


ガゼルによる殺人事件はただの芝居にすぎなかったのである。


今、この世界では、ルリアとガゼルは死んだことになっている。


そして50年の時がたち、多くの人が入れ替わったこの世界で、

老いたルリアとガゼルの存在を識別できるものは、

もはや私と側近の衛兵を除いていないだろう。


隣国に真相を知られる危険はなくなった。

これをもって国は完全に守られたのだ。


そして、もう一つの目的も。


この世界で、ルリアとガゼルはようやく、心置きなく身分違いの恋を成立させることができるのだ。


それが、私の作戦の全貌だった。


ーーー

舞踏会の夜のあの庭園で、ガゼルが私を救ってくれなければ、

きっとこの作戦を思いつくことはなかった。


これは、私からガゼルへの贈り物なのだ。


そして、それはある言葉をもって完成する。


ルリアの居場所だ。

私だけが知っている、彼女の居場所。


彼女の所在を言うためだけに、ガゼルを追いかけてきたのだ。


けれど、それはもう一つの意味を持っていた。


ガゼルとの、永遠の別れ。


死んだことになっているルリアとガゼルとの交流は、すべての作戦を水泡に帰す危険があることを十二分に理解していた。


「サラ様、ルリアは今…」

「ええ、ええ、わかっております。ルリアは…」


喉元まで浮かんだ言葉が、口をついて出ようとした瞬間、私は膝から崩れ落ちた。


その後は、ただただ、子供のように泣きじゃくるばかりだった。

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とある王女の秘め事 黒猫B @kuro-b

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