24 覚悟

 短い正月休みが終わり、まずは会社の喫煙所で和哉さんと顔を合わせた。


「和哉さん、明けましておめでとうございます」

「おう。今年もよろしくな」


 タバコを吸いながら、互いの年末年始について話した。


「俺は兄とべったりでしたよ」

「おれもさぁ……直己くんの家で年越ししちゃった。それで、正式に付き合ってほしいって、年明けた直後に言われて」

「おおっ! よかったじゃないですか」

「まだ実感湧かないんだけどね……」


 俺のことはすっかり吹っ切れてくれているらしい。他にもっと相性のいい相手がいたというのは結構なことだ。それから、会う人たちにそれぞれ新年の挨拶をして、今年の仕事が始まった。

 一月の中旬になり、俺と兄は室井の部屋に呼ばれた。そこは大きな戸建てで、高級車も置いてあったので驚いた。リビングだけで俺たちが借りているマンションの面積くらいはあり、どことなく落ち着かなかった。


「まあ、適当に座っといてや! 揚げるんはオレと和哉くんでやるから!」


 ダイニングテーブルには四脚椅子があり、兄と並んで座った。しかし、兄はキッチンの様子が気になったのか、すぐに立ち上がって行ってしまった。俺も一人だと寂しいのでひょっこり顔を覗かせた。兄が叫んだ。


「わぁっ、大きいフライヤーだねぇ!」

「やろ? この前買ってん。一気に揚げられるから楽ちんや」


 本日は唐揚げパーティー。鶏もも肉の他に、イカやタコもあり、既に下準備は済んでいた。兄がしゃしゃり出た。


「直己くん! 僕やりたい!」

「えー? まあええけど」


 そういえば、うちで揚げ物をしたことはないが大丈夫だろうか。そんな心配は不要だった。兄は落ち着いて丁寧に、鶏もも肉を油に入れていった。和哉さんが言った。


「揚げ物って片付け面倒だからさぁ。こうして人数いる方がやりがいあっていいよ」


 室井が頷いた。


「せやなぁ。ビールもアホほどあるから、今日は楽しもうや」


 カラッと揚がった熱々の唐揚げ。ビールで乾杯してから頂いた。室井だけは次の分を揚げるためにキッチンに立った。兄が自分の頬を押さえながら満足そうに言った。


「んー! 美味しいねぇ、美味しいねぇ」


 さすが、ついさっきまで油の中にあったものだ。噛むと口の中に肉汁があふれ、こってりとした味わいだ。


「あーちゃん、うちでも揚げ物したいね。あんなに大きなフライヤーは置けないだろうけど」

「そうだねぇ。色々調べてみようか」


 今日は土曜日。最初から、ここで夜を明かすつもりでいた。なので俺は遠慮なくビールをあおった。

 男四人で全て食い尽くし、室井がウイスキーを持ってきたのでハイボールで頂いた。すると、和哉さんの様子が怪しくなってきた。視線がふよふよ彷徨っていたのだ。俺は声をかけた。


「和哉さん、大丈夫ですか?」

「眠い……」


 室井が立ち上がって和哉さんの肩を撫でた。


「しゃあないなぁ、ソファで寝ぇ」

「うん……」


 ダイニングテーブルから少し離れた位置にボックスソファが置いてあったのだが、そこに和哉さんは寝かされた。兄はどうだろうと顔を見てみると、案外大丈夫そうだった。兄は室井に言った。


「ねぇねぇ直己くん、なんで和哉くんと付き合ったの?」

「ん……オレもなぁ、そろそろ真剣な相手欲しくてなぁ。和哉くん、最初はオレのことビビっとったけど、どんどんマンガの意見言ってくれるようになったし、心強くてな」


 俺は尋ねた。


「そういえばアニメっていつからでしたっけ?」

「ああ、今年の秋やで。静紀くんは読んでくれとうねんなぁ?」

「はい」

「そしたらなぁ……」


 室井はアニメがどこまでの話をやるのか、マンガの展開はどうなっていくのか、そんなことを明かしてくれた。マンガは彼の仕事だ。その話をする時はやはり真剣だったので、俺はビールを飲まずに相槌を打っていた。


「わあっ……凄いこと聞いてしまいましたね……」

「ほんまは言うたらあかんねんけどな。編集さんにバレたらヤバいからお口チャックしといてや」


 ふと兄を見た。長い間、放ってしまっていた。うつらうつらと船を漕いでいた。


「あーちゃん……」

「ははっ、嵐士も寝かせよか」


 揺すって立ち上がらせ、俺と室井が両脇から支えてソファまで運んだ。これで室井と二人っきりになってしまったのだが、マンガの話をしていれば間が持つだろう。


「なぁ、静紀くん……」


 室井がぐいっと俺の肩に腕を回してきた。


「はい?」

「嵐士のこと、どうするんや。やることやってもとうんやろ。一生面倒見れるんか」


 俺はたじろいだ。そんな質問が来るとは思わなかったのだ。


「えっと……はい。覚悟はしてます」

「そうかぁ。ほなええわ。オレが言えたことやないんやけどな……嵐士が落ち着けるとこ見つけて、ホッとはしてるんや」


 室井は腕をとき、バシンと俺の背中を叩いた。


「痛っ!」

「まあ、応援しとうから。メシくらいやったらいつでもおごったる。また来てや」


 それから、延々マンガの話をして夜が明けた。



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