23 年始

 俺の首筋は真っ赤になっていたので、マフラーをぐるぐる巻きにして外に出た。

 寝るのが遅くなったから、神社に着いたのは昼だった。まあ、出店で食事を済ませるなら丁度いい時間だろう。

 きょろきょろと辺りを見回す兄は、相変わらず幼子のようで、手でも繋いでやろうかと思ったが、似た顔の男二人がやることではないので、コートのポケットに手を突っ込んだ。


「静紀、ベビーカステラは絶対に食べたい」

「いいよ。俺は焼きそばかなぁ……」


 賽銭箱の前は参拝客でごった返しており、近付けるまで少し待たねばならなかった。兄は五円玉を二人分用意しており、それを投げて手を合わせた。

 願い事は……特になかった。なので、さっさと振り返ろうとしたのだが、兄は目を瞑って手を合わせたままだったので、しばらく見守った。


「あーちゃん、何お願いしたの?」

「えっとね、僕の知ってる人がみーんな、健康でありますようにって。一人一人思い浮かべてたら時間かかっちゃった」


 兄らしい。俺は口元をゆるめた。


「でも僕、就職のことはお願いしなかった。自分で何とかしたいから」

「あーちゃん……無理しなくていいんだよ?」

「ううん。無理してない。今年はどこか、働ける場所、ちゃんと探す」


 正直なところを言うと、少しでもいいから稼いでほしかった。残念ながら俺の給料はなかなか上がる見込みはない。

 でも、また兄が傷ついたら。それだけが不安だった。


「さっ、静紀、色々買おう!」

「ああ……うん……」


 兄は真っ先にベビーカステラの屋台に行き、一番大きなサイズのものを買った。それを口に放り込みながら見て回り、焼きそばとフランクフルトと唐揚げを買った。

 座れるような場所はなかったので、境内の隅に行き、立ったまま食べた。


「静紀、お酒飲みたくなってきた!」

「まあ、正月だしね。別にいいよ。帰りに買おうか」


 食べ終わった後、俺たちはコンビニで酒を揃え、帰宅して乾杯した。明るいうちから飲む酒というのもいいものだ。

 特にアテをつまむわけでもなく、ビールだけぐいぐい進めていたら、俺のスマホが振動した。電話だった。


「えっ……賢治けんじ伯父さんだ」

「マジで? とりあえず出たら?」


 伯父には母の事故の件で世話になった。しかし、それが片付いてから、連絡を取っていなかったのだ。俺は緊張しながらスマホを耳にあてた。


「はい……静紀です」

「おう、明けましておめでとう。年賀状、静紀も嵐士も返ってきたんだけどさ、お前ら引っ越したのか?」

「あっ……」


 すっかり伝えるのを忘れていた。


「ごめん、伯父さん。あーちゃんと一緒に住むことになって、それで」

「まったく、連絡くらいしろよ。びっくりしたじゃねぇか。元気でやってんのか?」

「えっと……」


 俺は兄が無職になってしまったことを話した。検査結果については伏せておいたが。長々と経緯を説明し、新しい住所を後で送っておくと伝えた。


「ってことは、今嵐士と一緒か?」

「うん。替わろうか?」

「おう。一応声聞いとくよ」


 俺はスマホを兄に渡した。


「伯父さん! 明けましておめでとう! お年玉くれてもいいんだよ?」


 そんな軽口を言ったのでぎょっとした。伯父はけっこう厳しい人なのだ。しかし、兄の表情はヘラヘラとしたままだった。何やら説教が始まったようで、兄はうん、うん、とだけ相槌を打ちだしたが、まるで響いていない様子だった。


「それよりさぁ、しゅんくん元気?」


 伯父の一人息子、つまり従兄弟である彼とは、十年以上会っていなかった。進学していれば大学生になる頃だ。


「へぇ……そうなんだぁ。えっ、僕と静紀? ないない。そんな予定ない。残念でした」


 何の話だろう。俺からは伯父の声がハッキリ聞こえないのだ。


「うん、ちゃんと就活するからさぁ。僕のことは心配しないで。ありがとね、伯父さん」


 そうして兄は電話を切った。


「最後の方、何話してたの?」

「えっとねぇ、結婚の話。瞬くんってば、あんなに可愛いのに、浮いた話ないらしくてさぁ。それで、僕たちはどうなんだって聞かれた」

「まあ……ないよね」


 兄とこういう関係にならなかったとしても、俺は独身のままだっただろう。兄だってそうだ。伯父には悪いが、結婚式に出たいのなら、自分の息子に期待してもらうしかない。


「静紀、あのさ」


 急に改まった顔で兄が切り出した。


「静紀にもし、結婚したい人ができたら、必ず言ってね。僕、静紀の重荷になりたくないし」

「そんなの……あり得ないよ。俺は誰とも結婚したくない」

「まだわかんないよ。出会ってないだけかもしれないよ?」

「俺は……生きていくなら、あーちゃんと一緒がいいんだよ」


 兄はぱちくりとまばたきをした。


「そっかぁ……本音を言うとさ……それってめちゃくちゃ嬉しいなぁ……」

「俺、言ったでしょ? 俺があーちゃんを幸せにするって」

「……ふふっ、あれってプロポーズだったの?」


 俺はつい、顔を伏せてしまった。


「もー! 可愛いなぁ静紀は」


 それからしばらく、余計なことを口走るのがこわくて、俺は兄のからかいを無言で受け流していた。

 

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