22 年末

 仕事納めは十二月三十日。そのまま忘年会もあり、帰宅するのがすっかり遅くなった。日付はこえてしまっていたと思う。それでもその日、兄は起きて待っていてくれた。


「静紀、今年も一年お疲れさま」


 和哉さんと二人ならともかく、他の人達も居たので、俺はほとんど酒を飲んでいなかった。とりあえずシャワーを浴びて、兄の待つベッドにもぐりこんだ。


「あーちゃん、今日はもう寝かせて……」

「うん、わかってる。のんびり寝てたらいいよ、起こさないから」


 兄は俺の背中をポンポンと叩いてくれた。その揺れが心地よくて、気絶するかのように眠りに落ちた。

 目覚めると俺は一人で、スマホで時間を見ると午前十一時だった。兄からメッセージがきていた。買い物に出ているとあった。

 すっかり喫煙の習慣を取り戻してしまった俺は、ベランダに出て一服した。大晦日か。子供の時は、どう過ごしていたっけな。

 少しして、兄が帰宅してきた。食材の入ったエコバッグと、例の美味しい弁当屋の袋を提げていた。


「静紀、起きてたんだ。すぐ食べる? 今日はね、ハンバーグ弁当」

「うん。食べる」


 昼食をとりながら、俺は兄に問いかけた。


「大晦日っていつも何してたっけ?」

「夜更かししてもいいから、ずっとゲームやってたよ。母さんは……寝てた気がする。それで、テレビ見ながらカウントダウンしてさ」

「そうだったね。今年はどうする?」

「えへ、僕さぁ……してみたいことがあるんだけど……嫌だったらいいんだけど……」


 兄がもったいぶる時は、おそらくやらしい話である。


「年越しの瞬間、繋がっていたいなぁ」

「もう……あーちゃんってば。いいよ、別に」


 俺は苦笑いを浮かべた。兄はさらに要求してきた。


「あっ、それとさ、初詣行きたいんだけど」


 兄はスマホを操作して、地図を見せてきた。


「ほら、歩いて行ける神社がこの辺にあるんだよ」

「へえ……知らなかった」

「そこそこ大きいみたいだよ? 出店も楽しみだなぁ」


 初詣なんて何年も行っていなかった。就職してからは、引きこもりの年末年始だったし。兄と一緒なら、楽しめることだろう。


「それでね、静紀、夜は蕎麦ね。さすがに麺は買ってきたけど、ダシからとって作るから」

「おっ、楽しみ」


 それからは、ベッドでダラダラ。身体のどこかを常にくっつけながら、それぞれスマホで思い思いのことをしていた。

 夕方になり、兄が料理を始めた。部屋の大掃除なら、兄がしてくれていたようだし、することがない。大人しくベッドで待っていてもよかったのだが、兄と話したくて、キッチンへ行った。


「あーちゃん、いい匂いしてるよ」

「でしょ?」


 兄の髪は無造作にまとめられており、白いうなじがあらわになっていた。俺は近寄ってすうっとそこを指で撫でた。兄が言った。


「もう、僕、その気になるよ?」

「なってもいいんじゃない?」

「ダメ。とっといて。最近さぁ、静紀も何だかんだで盛ってるよねぇ……?」


 否定できない。俺は誤魔化すように咳払いをした。

 できた蕎麦はふんわりと甘く、ダシもしっかりきいていた。乗っていたのは海老天。兄はさっそくそれにかぶりつくと、何も言わずに尻尾を俺の丼ぶりの中に入れた。俺は言った。


「ここが美味しいのに」

「無理ぃ」

「貝とかも苦手だよね」

「殻取ってくれたら食べる」


 結局新居にもテレビを置かなかったから、賑やかしになるものは何もなかった。静かな夜だ。


「あーちゃん」

「なぁに?」

「俺、あーちゃんと一緒に住めてよかった。最初は……鬱陶しかったけどさ。こうして一緒にご飯食べるの楽しい」

「ふふっ、可愛いなぁ静紀は」


 俺はきっと、このまま兄と暮らしていくのだろう。兄を一人にできないという義務感もあったが、それ以上に、ただ純粋に共に居たいと強く思っているのである。


「ねえ……出て行かないでね、あーちゃん」

「大丈夫だよ。僕はどこにも行かないよ」


 その言葉が欲しかった。俺はなぜだかこみ上げてきそうになった涙をぐっと我慢した。

 食後、片付けを終えて一服して、今年最後のお風呂に入って。二人とも裸で、ベッドに寝転んで素肌をすりつけ合っていた。


「あーちゃん、そろそろする?」

「まだ早いんじゃない? もうちょっと我慢」


 そう言われたのだが、俺の方が限界がきてしまって、しつこいくらい濃密なキスをした。そして、兄のお望みを叶えて、年を越したのである。

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