21 聖夜
クリスマス・イブがやってきた。たまたま日曜日だったので、仕事の心配はなかった。冷凍のパスタで適当に昼食をとった後、それぞれ着替えた。兄はトレンチコートに身を包み、いつもより丁寧に髪を束ねていた。
「静紀ぃ、変じゃないよね?」
「うん。カッコいいよ、あーちゃん」
俺たちは一時間ほど電車に揺られ、大きな繁華街へ出た。あちこち飾り付けられており、ジングルベルが流れていた。
「あーちゃん、お揃いってどんなのがいいの?」
「常につけられるやつがいいなぁ。指輪は……ダメか」
「うん、会社じゃつけられないし」
「ネックレスは?」
「あー、それなら何とかなるね」
とはいえ、俺だけの給料じゃそんなに高いものは買えない。大学生が行くような入りやすいアクセサリー屋に入った。
クリスマスだけある。店は混んでいた。今さらになって、男二人で来たことに気恥ずかしさがあったが、兄は全く気にしていないようだった。
「ねえ静紀、どんなのが好み?」
「シンプルなやつがいい。ガチャガチャしたのは嫌だな」
兄が手に取ったのは、プレート型のものだった。
「これは?」
「ふぅん……色が何種類かあるね」
「僕、ピンクゴールドが好き」
「えー? 女の子っぽいなぁ」
しかし、兄の首にあててみると、白い肌によく似合っていた。
「意外といいかも」
「でしょ? 静紀は黒だね」
「うん。こういう鈍い色、好き」
他にも見てみたが、しっくりきたのは、やはりプレート型のもので、俺たちはそれを買うことにした。他の男女カップルに紛れて会計をしてもらうのは、どうしても気になって、けど俺が払うしかなくて。兄には店の外に出てもらうことにした。
「お待たせ、あーちゃん」
「ねっ、早速つけよう?」
タバコの吸える喫茶店に行き、丁寧に梱包してもらった箱を開けてしまった。俺たちの首元にネックレスがきらめいた。
「ふふっ、嬉しいなぁ。今年は静紀がサンタになってくれた」
「今までどうしてたの? 俺は仕事だったり、一人で大人しく過ごしたりしてたけど」
「社宅だったからさぁ、同僚とどんちゃん騒ぎ。だから、誰かと二人っきりで過ごしたかったの」
「ああ……そうだったんだ」
コーヒーとタバコを味わいながら、控えめに流れる上品なジャズの音を聞いていた。兄はよっぽどネックレスが気に入ったみたいで、何度も指で触れてニマニマと笑っていた。
「静紀、夕飯どうする?」
「洒落た店はどこも予約でいっぱいだろうし。ラーメン行こう、ラーメン。この近く美味しいとこあるって調べてる」
「いいねぇ」
まだ時間があった。このままのんびりしてもいいのだが、遠出したのだ、まだ回ってみたかった。
「そろそろ行こうか、あーちゃん」
「いいよ。どこ行こうか……」
兄はあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。雑貨屋や玩具屋や家具屋に入った。特に買うものがなくても、見るだけで楽しめるものだ。最後はゲーセンに寄ってみた。
「静紀っ、あのネコ欲しい」
「ネコ?」
兄が指したのは、八十センチくらいはありそうな黒いネコのぬいぐるみだった。アームも大きく、一回二百円だった。
「僕、こういうのあんまりしたことないから、静紀よろしく」
「俺だって慣れてないよ? 期待しないでよね」
財布に入っていた小銭はちょうど二百円。それを投入した。
「うーん、首にひっかける感じかなぁ……?」
前後左右に自由に動かせたので、俺は前からも横からもアームを睨みつけて調整した。意を決してボタンを押した。下がるアーム。ぐっとネコのアゴを掴んだ。
「おおっ……」
そのままネコはプラプラ揺れながら移動し、すとんと穴に落ちた。
「わあっ、静紀すごーい! 一発だ!」
「俺もびっくりしてるよ……」
兄はネコを取り出して抱きしめ、聞いてきた。
「この子の名前どうする?」
「名前つけるの?」
「本物のネコの代わり」
ラーメン屋までの道筋で、兄は色んな案を出してきた。ぽんた。ぽんきち。ぽんすけ。とにかく「ぽん」がつくらしい。
「静紀ぃ、決まらないよぉ」
「じゃあ……最初に言ってたぽんたでいいじゃない」
「ぽんたね! うん、ぽんた!」
着いたラーメン屋は、カウンター席しかない小さな店で、ぽんたは非常に邪魔になった。兄はぽんたを膝の上に乗せ、窮屈そうにラーメンをすすった。
「あーちゃん、スープこぼしちゃダメだよ」
「んっ、わかってるって」
ラーメンは豚骨で、どろりとしていて、チャーシューも大きかった。味は濃かったが、普段ここまでガッツリしたものは食べないので美味しく頂けた。
ぽんたは何とか無事で、兄はまた、赤子を抱くかのように大切にしながら歩いた。
「静紀、帰ったらさ……」
「はいはい。そのつもりだし」
今夜はクリスマス・イブ。兄弟だけど……恋人みたいにしてても、こっそりなら、誰にも叱られないよね。
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