20 靴下

 すっかり回復した兄とビールで乾杯して、俺は買い物の事を提案してみた。


「あーちゃん、冬服そんなに持ってないでしょ。買いに行く?」

「行く行く! ダウンとかもう何年も同じの着てたから」

「じゃあ決まり。次の俺の休みの日に行こうか」


 春に行った時と同じショッピングモールで、何軒も服屋をハシゴした。冬物は多少値が張ってもいい物を買った方がいいと思ったのである。


「静紀、これどうかな?」


 兄が羽織ったのは、紺色のトレンチコートだった。丈は長めで、裏地もしっかりついていた。兄は髪を後ろで一つに束ねていたのだが、コートのシャープな雰囲気とよく合っていた。


「似合うよ。それ買おうか」

「やったぁ!」


 それから、ニットやパンツも買い、荷物でいっぱいになった。


「静紀、おなかすいた。何か食べよう」

「せっかくだし、お寿司とかは?」

「いいね!」


 兄弟でも好みは全く違う。俺はマグロやアナゴが好きだが、兄はウニだトロだイクラだと高いものばかりを選んだ。俺は言った。


「なんか、母さんと回転寿司行った時のこと思い出すなぁ」

「僕たちだけで三十皿は食べたよね」

「そうそう。うどんとか唐揚げも食べたし、遠慮しなかった」

「母さんは……そんなに食べない人だったね」

「うん……」


 昔、俺には密かに計画があった。初任給で母にご馳走しようということだ。喜ぶ顔が見たくて、どんな店がいいか考えてもいたのに。


「静紀、顔くらーい」


 兄が俺の鼻先を人差し指でちょんとつついた。


「ごめん、あーちゃん。ご飯食べにきてるのに」

「まあ、僕の前では自然体でいいけどさ。兄弟なんだし」


 それから、話はクリスマスのことになった。


「あーちゃんはどう過ごしたい? 和哉さんとか呼ぶ?」

「んー、別にいいかな。静紀と二人で過ごしたい」

「そっか」

「それでさ……」


 兄は眉を下げ、俺の瞳を覗き込んできた。何かをおねだりしてくる時の表情だ。


「いいよ、あーちゃん」

「僕まだ何も言ってないけど」

「あーちゃんの頼みなら大体は聞く」

「あのさ、お揃いの物欲しいなぁ」

「お安い御用。当日、買いに行こうか」


 帰宅して服のタグを切り、クローゼットにかけていった。終わってスマホを確認すると、和哉さんから今夜飲まないかと連絡がきていた。


「あーちゃん、和哉さんからお誘い。行くよね?」

「もちろん!」


 和哉さんが予約してくれていたのは焼肉だった。最年少だし、ということで、俺が肉を焼いていった。兄が和哉さんに尋ねた。


「ねぇねぇ、直己くんとは最近どうなの?」

「忙しくて全然会えてない。連絡したいんだけど、邪魔に思われても嫌だし……」

「えー? 会いたいなら会いたいって言えばいいのに」

「それができれば苦労しないよ」


 俺は恋愛というものをしたことがないし、兄もきっとそうだろうし、和哉さんの気持ちはわからない。ただ、こうして飲んで食べて気晴らしをさせてあげるのが俺たちの役目かもしれないと思い、ビールをすすめた。


「それでさぁ、嵐士、静紀……」


 食後のアイスクリームが届いた頃、和哉さんがもじもじし始めた。どうせろくでもない相談だ。俺も兄も黙っていた。


「今度は……ニーハイソックスをだな……」


 やっぱり。兄が笑った。


「あはっ、履いてあげるって。それからどうしてほしいの?」

「踏んで!」

「うわっ」


 和哉さんはカバンから黒くて長い靴下を取り出した。


「きっと引き受けてくれると思って持ってきた」

「僕はいいよ! そういえば履いたことなかったし。静紀は?」

「俺もないよ。まあ……ここのお代おごってくれるのと引き換えということで」


 俺たちの部屋に帰り、俺と兄はズボンを脱いで下着姿になり、靴下を履いた。


「んっ……けっこう難しい」

「静紀、手伝ってあげるよ」


 つま先とかかとを合わせ、引き上げてもらった。和哉さんはバッチリ男性用のものを用意していたみたいで、太ももの途中までしっかりと覆われた。


「ああ……最高!」


 こんなことに慣れてしまった自分もどうかとは思うのだが、今さら後にはひけなかった。兄はニタリと口角を上げて言った。


「ほらほら、和哉くん転がって」

「はいっ……」

「これがいいんでしょう?」

「もっと! もっとお願いします! メチャクチャにしてください!」


 ふみふみ。俺は容赦しなかった。その方が悦ばれると知っているからだ。和哉さんの情けない叫びが耳につき、終わった後もしばらく離れなかった。

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