19 看病
翌朝、俺の方が先に目を覚ました。兄に触れると熱はもうないようだったが、やはり心配だ。揺り動かして起こした。
「あーちゃん、具合どう?」
「ん……何か喉痛いよぉ……」
そう言うのに兄はタバコを吸いたがった。
「むぅ……不味い……」
「そりゃそうでしょ」
「続き、静紀が吸って……」
「はいはい」
間接キスだなぁと、今さらのようなことを思いながらタバコを吸い終えた。
「あーちゃん、一緒に内科行こう。喉の薬はうちにはないし」
「寒いし行きたくない」
「子供みたいなこと言わないの」
うじうじする兄を何とか着替えさせて、九時きっかりに内科についた。兄に尋ねながら、問診票は俺が書いた。土曜日ということもあり、社会人が多いのだろう、ずいぶんと待たされた。兄は時折咳をしていた。
呼ばれたので送り出し、スマホで天気予報を見た。もうすぐクリスマス。しばらくは冷え込む日々が続くらしい。
兄は抗生物質と漢方を処方してもらった。薬局でもまた待ち時間があり、さすがに兄も辛そうだった。
「あーちゃん、薬は俺が受け取るから先に帰って寝てて」
「うん……そうする……」
壁にかかっていたテレビはワイドショーを映していた。芸能人がショッピングモールに行ってコーディネート対決をする様子が流れ、そういえば兄は冬服をあまり持っていないことに気付いた。具合が良くなれば一緒に買いに行こう。
薬を貰ってから、俺は昨日の弁当屋に行った。奥に前と同じ男性が一人いて、カウンターには若い女性が立っていた。今度は唐揚げ弁当とシャケの塩焼きの弁当にしてみた。
帰宅すると兄は大人しく毛布にくるまっていて、俺の顔を見ると弱々しく微笑んだ。
「ありがとう、静紀……」
「お弁当、食べれそう?」
「頑張る」
兄が椅子に座り、俺はまず、漢方薬を取り出した。
「あーちゃん、これは食前ね」
「それ……粉薬?」
「そうだよ」
「苦いよね」
「我慢して」
兄はおそるおそる粉を口の中に入れ、鼻をつまみながら水で流し込んだ。
「……うへぇ」
「一日三回ね」
「マジか……キツぅ……」
それから弁当のフタを取って兄に見せた。
「どっちがいい?」
「わぁ、どっちも美味しそう。半分こしようよ」
「いいよ」
今回の副菜は五目豆とひじきの煮物。どちらも味付けが上品で箸が進んだ。そして、入っていたパスタ。やっぱり母の味だ。
食後の薬も飲ませて、俺は兄をベッドに連れて行った。
「静紀……心細いよぉ。ぎゅーして」
「はいはい、ぎゅー」
あまり近くにいると俺まで風邪がうつるかもしれなかったが、こんな状態の兄を放ってはおけなかった。今度は兄が寝つくまで見守り、寝息が聞こえてしばらくしてそっとベッドを出た。
俺はベランダに出てタバコを吸った。ぼんやりと思い出したのは、いつかの母の姿。俺が小学生の頃、インフルエンザになった時、甘いうどんを作ってくれたっけな。
あれを再現したい。俺はスーパーに行った。麺と薄揚げとネギと昆布、それと気が早いが快気祝いのビールを買った。
昆布でしっかりとダシをとり、醤油やみりん、砂糖を少しずつ入れて味見しながらやってみたが、何かが足りなかった。
「母さん……」
五年経っても、ぽっかりと空いた穴はふさがっていなかった。けれど、せめて母との思い出を共有できる兄を産んでくれて、本当に良かった。俺は一人ではないのだ。
マンガを読んで時間をつぶしていたら兄が起きてきて、冷蔵庫を開けた。
「あっ、ビールだぁ」
「まだダメ。お茶にしといて」
「はぁい」
寝て多少スッキリしたのか、兄はいつものヘラヘラした表情を浮かべた。
「夕飯、用意してくれてるんだ」
「うん。母さんのうどんさ……どうも再現できなくて」
「どれどれ?」
俺は兄に一口つゆを飲ませてみた。
「んーと……もうちょっと塩っ気なかった?」
「あっ、塩? 甘い印象ばっかりあったから……入れてなかった」
ひとつまみ入れてみると、味が引き締まった。
「うん。あーちゃんに聞いてみてよかった。作り慣れたせいか料理の勘は俺よりいいんじゃない?」
「そうかなぁ」
それでもどこか届かないものを感じながらも、うどんをすすった。洗い物をしていると、兄が後ろから寄りかかってきた。
「静紀、ちゅー」
「風邪うつる。ダメ」
「ちょっとだけ」
「俺まで倒れたら意味ないでしょ」
まあ……昨日同じベッドで寝たしもう遅いかもしれないが。その日も結局兄は俺に貼り付いてきた。もぞもぞとお尻を触ろうとしてきたので手の甲をつねった。
翌日には、けろっとして旨そうにタバコを吸い始めたので、長引かなくて安心した。
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