16 中華

 あれから兄は室井に連絡したらしく、サイン入りのマンガを手に入れたので渡してくれと頼まれた。わざわざ安田和哉さまへとも書いてあった。

 昼休みに和哉さんに手渡すと、彼はぎゅっとマンガを胸に抱き締めた。


「マジで感激……」

「そんなにですか?」

「だってあのリモ先生だよ!」


 俺の室井に対する第一印象は最悪なので、今ひとつ凄さがわかっていないのだが、和哉さんが喜んでくれたのなら結構なことだろう。


「はぁ……一度お会いしたい」

「兄に言えば実現できそうですけどね」

「やっぱりいい。緊張して喋れない」

「そうですか」


 兄の売春の仲介をしていたことは話さない方がいいんだろうな、と思った。

 その日はどうしても期日に間に合わせなければならない仕事があり、会社を出たのは夜十時を過ぎてからだった。帰宅して寝室を覗くと兄は眠りこけており、俺はそっと髪を撫でた。

 冷蔵庫にはブリの照り焼きとなめこの味噌汁。母の味とはまた違うけれど、兄も和食が上手になった。しっかりと噛み締めて頂く。

 風呂からあがり髪を拭いていると、兄が起きてきた。


「おかえりぃ。ごめん、寝ちゃってた」

「いいよ。今日も夕飯ありがとう。美味しかった」

「あっ、そうだ。僕の誕生日なんだけどさ、直己くんも来たいって言ってて。一人増やしてもいい?」


 和哉さんがああ言っていたばかりだが、まあいいだろう。


「うん。和哉さんに言っとく。中華なら人が多い方が楽しいし」

「やった!」


 もう夜も遅かったので、やらしいことはせずに、そっとキスをして兄を抱き締めて眠った。

 翌日、和哉さんに室井のことを言うと、さっと顔が白くなった。


「マジで? リモ先生が? マジで?」

「まあ……名目は兄の誕生日ですし」

「おれが気持ち悪い言動したら止めてくれ静紀」


 そして、当日。中華料理店には直接待ち合わせた。和哉さんと室井は初対面になるから、俺たちが早く着いていた方が良かろうと十五分前に来たのだが、ガチガチに固まった和哉さんが既に居た。


「よ、よう。誕生日おめでとう、嵐士……」

「ありがとう! 和哉くんったらどうしたの? 暑い? 寒い?」

「リモ先生がいらっしゃると思うと……」


 兄がスマホを取り出した。


「あっ、直己くん遅れるって。先入っててってさ」


 和哉さんの名前で予約されていた個室に入ると、兄はすぐにはしゃいだ。


「わー! 本当にテーブル回る!」

「あーちゃん、まだ料理も注文してないんだから回さないで」


 メニューを見るとなかなかの値段だったが、今日は特別な日だしと構わず注文した。


「遅れてごめんなぁ」


 派手な柄シャツを着た室井がニヤニヤしながら入ってきた。兄が早速和哉さんを紹介した。


「直己くん! こっちが和哉くん。直己くんのマンガ読んでくれてる人」

「ああ、この前の。ありがとうなぁ」

「こ、こちらこそ、ありがとうございますぅ!」


 ビールで乾杯だ。どんどん出てくる料理を取り分けた。さすが高級なところだ。チャーハン一つとっても美味しい。ちゃんとカニが入っていた。室井が言った。


「嵐士はオレのマンガ読んでくれへんねんよなぁ」

「だって、読み方わかんないんだもん」

「まあ、アニメ化するからさぁ。そしたら観てや」

「えっ、アニメ化するんですか!」


 和哉さんが身を乗り出した。


「ああ、うん。ほんまはまだ言うたらあかんねんけどな。それで色々忙しくなるんよ」

「凄いです、先生!」

「今日は嵐士のダチとして来てるから、先生はやめてやぁ」

「では何とお呼びすれば……」

「直己でええよ。タメで話してや」


 二人はマンガの内容について話しだしたので、俺は兄の方を向いた。


「あーちゃん、美味しい?」

「うん! 僕さ、自分で料理するようになってから、お店のやつ食べるのがもっと楽しくなっちゃった。再現したいなぁ」


 それはそれで楽しそうだ。四人で分けると山盛りの料理もあっという間に減っていって、すっかり満腹になった。


「それで、和哉くんも嵐士の客なんやろ? 性癖は聞いとうで」

「ちょっ……嵐士っ!」

「どんな人って聞かれたから答えただけなんだけど」

「面白いなぁ、和哉くん。この後もっと話そうなぁ」

「えっ、あっ」


 二人は放っておいた方が良さそうだ。会計はいくらになったのかわからなかったが、和哉さんがカードでさらりと払ってくれたので、そのまま解散した。

 帰宅すると、兄は俺に飛びついてきた。


「今夜は寝かさないで」

「もう……あーちゃんってば」

「最近してなかったでしょ? たっぷりしようよぉ」


 猫のようにぐりぐりと頭をすりつけてくるのが可愛くて、俺は兄の願いを叶えてやった。

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