14 博打

 金曜日の夜は酒を飲んでもいいことにしていた。残業してくたびれた身体を引きずり、玄関を開けてみると、知らない革靴が置いてあり、リビングからはガヤガヤと話し声がしていた。


「あーちゃん……ただいま」

「おかえり!」

「どうもー、お邪魔してますぅ」


 兄と一緒にいたのは、金髪で両腕にみっちりとタトゥーが入った派手な男だった。


「えっ、誰……」

「弟くん、初めまして。室井直己むろいなおみいいますぅ」


 室井という男には関西の訛りがあった。ピアスもジャラジャラとあいているし、まともな職に就いている人には思えなかった。


「直己くんは昔からの友達だよー。案外近くに住んでることわかってさ。パチンコ連れてってもらったの」

「今日はよう勝てたなぁ」

「そうなんだ! どっさり買ってきたから三人で飲もうよ!」


 テーブルの上には宅配ピザと酒の缶が並んでいた。腹は減っていたのでスーツも着替えずとりあえず手を付けたが、言いたいことは山程あった。室井が言った。


「嵐士とよう似とうなぁ。こんな可愛い弟くんいるなんて知らんかったわ」

「可愛いでしょ? 僕の自慢なんだぁ」


 俺は咳払いをして言った。


「あーちゃん。今回は勝てたからよかったけど、もうギャンブルはしないで。負けたらどうするの?」

「あはっ……やっぱりダメだった?」

「ダメ」

「まあまあ、弟くん、息抜きも大事やって」


 室井がヘラヘラと笑ったので、キッと睨みつけた。


「大体……兄とはどういう知り合いなんですか」

「ああ、直己くん、前の職場で少しだけ一緒だったんだよ」

「すぐクビになってしもたけどなぁ」

「仲介もしてくれててさ」

「仲介……?」


 嫌な予感は……当たった。


「うん。嵐士にはようさん客紹介したったなぁ」

「いやぁ助かったよ」


 俺は拳をテーブルに叩きつけて怒鳴った。


「あーちゃん! もうそんな人とつるまないで!」

「おお……弟くんこわいなぁ」

「静紀、落ち着いてよぉ」


 兄は手を伸ばしてきて俺の手の甲に重ねた。


「直己くん、悪い人じゃないんだよ? 僕に酷いことしないし」

「でも……」

「今回のお金だって直己くんが出してくれたんだ。その代わり一回やっちゃったけど」

「……もう!」


 俺はビールを一気に飲み干した。


「とにかく、出て行って下さい! 兄と話し合いますので!」

「わかったわかった、ほなまた今度なぁ」


 兄はポリポリと頭をかいて室井を見送った。


「あーちゃん。すぐに身体許すのやめて」

「僕だってダメかなぁって思ったんだよ。でも、お金増えたら静紀も納得してくれるかなって」

「してないからね。ギャンブルは一切しない。あいつとはもうやらない。わかった?」

「わかった……」


 兄はきゅっと俺に抱き着いてきた。


「ごめんね、静紀……まさかそんなに怒るとは思わなかったんだ……」

「はぁ……あーちゃんのこと首輪つけて閉じ込めたいくらいだよ……」

「してもいいよ?」

「例え話だってば」


 この際だ。俺は兄のスマホを取り上げ、連絡先の一つ一つを確かめていった。


「これは?」

「それもお客さん」

「はいブロック」

「ええ……」


 呆れたことに、ほとんどの男と身体のやり取りがあったということだった。連絡先一覧はスッキリした。室井のことは気に食わなかったが、兄がどうしてもと言うので残しておいてやった。


「直己くんはさ……僕が殴られてる時に間に入ってくれて。それでやり返してくれたんだけど、やり過ぎちゃって警察沙汰になって」

「うん……そっか」


 俺もろくに話を聞かずに追い出してしまったが、室井はだらしないだけで悪意はないのかもしれない。


「ピザ、冷めちゃったね静紀。温め直す?」

「そうするか……」


 残りのピザを平らげて、俺は兄を押し倒した。


「くふっ、スーツでするのもいいね、静紀……」

「ボタン外して」

「はぁい」


 俺は半裸で兄とした。ズボンが多少シワになったが週末だし構わないだろう。室井と勝手にしていたことがやはり許せなくて、俺は兄の白い肌にいくつも赤い痕をつけた。

 一緒に風呂に入り、兄は鏡で身体を映して満足気に口角を上げた。


「なんだかんだで、静紀とするのが一番気持ちいいかも」

「……そうなの?」

「僕のこと大事にしてくれてるなぁって全身で感じるよ。沢山言葉で伝えてくれるし、あれ嬉しいんだぁ」

「じゃあ……もっと言うね? 好きだよ」


 シャワーを流しっぱなしにしたまま、長いキスをした。俺たちの身体はまた熱を持ち、もう一度交わった。

 いけないことだとはわかっている。死んだ母が見ているかもしれないと思うと、どこかでやめなければと考えることもある。

 しかし、俺の身体は兄を欲するように作り替えられてしまっていた。

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